186: 岐阜県人 インパール作戦時、ただ一人、部下将兵を餓死させずに、しかも全軍総崩れの中を最後尾を守りつつ、部隊の建制を維持して戻って来た部隊があった。 宮崎繁三郎少将率いる、歩兵第58連隊を基幹とする宮崎支隊だった。 続いて宮崎少将は第53師団長となるが、ここで末期のビルマ戦線を支える矢面に立った。 かくして第53師団を含む第15軍は敵中に孤立し、方面軍に置き去りにされる格好になったが、軍は突破を試み、雨季のチンドウィン川を渡河する。 ここでも宮崎師団長は、インパールのように味方の最後を守って激流を渡った。そして、最後の中隊を掌握してようやく河畔を離れた。 続きを読む