元陸上選手として様々なオピニオンを発信しその内容が的を射ていることばかりの為末さんですが今回もかましてくれました。要するに「一生面倒見てくれる人」なんてどこにもいないということです。 オススメ記事 ・面倒見のいい会社とは引退後もアスリートを社員として雇用してくれる所。 ・しかし、企業はガバナンスの問題で人事に私的な理由をはさむことが困難に。 ・働く環境が改善されれば、必然的に実力主義に近くなる。 【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て表示されず、写真説明と出典のみ記されていることがあります。その場合はJapan In-depthのサイトhttp://japan-indepth.jp/?p=39458でお読み下さい。】 我々が学生の頃、面倒見のいい先生がいて、大学を紹介してくれたり、就職先を紹介してくれたりした。あそこにいくと、ちゃんと就職まで面倒見てくれるからという話は、大学選びの際に結構話されていた。ただ紹介してくれるだけだったらよくある話だが、スポーツの場合、会社の人事部にうまく差し込んで、普通のプロセスとは違うルートで入ったりする。ある意味下駄を履かせることになる。 大学を卒業し就職する時、面倒見のいい会社の条件は、引退してもちゃんと社員として雇用してくれるということを意味していた。選手だって怪我をしたり何が起きるかわからない。だから、仮にそうなったとしても会社が面倒を見てくれることが大事で、面倒見がいい会社はそれをやってくれる。そんな話だった。 面倒見のいい会社も、面倒見のいい先生も、いい人たちばっかりだった。何かあれば守ってくれるし、困ったら助けてくれる。とにかくその仲間内に入ると面倒を見てくれた。本当に我々が大学生の頃まではそれが一番幸せとも思えた。 あれから20年間、業績が不振で陸上部を廃止した企業がいくつもある。いくら会社が面倒を見てくれるといっても、会社自体がなくなってしまえば面倒を見ることはできなくなるし、会社も会社自体が存続できるかどうかという時には、なりふり構わない。生涯面倒を見てくれるためには、所属しているところが永遠に続かなければならないが、当たり前だけれどそこまでは相手も保証してくれない。 面倒見のいい学校の先生も最近はやりにくくなったといっていた。問題はガバナンスらしい。要は面倒見がいいということは、裏を返せば人事に私的な理由を混ぜるいうことで、昔ほどそれはおおっぴらにできなくなったらしい。考えてみれば、組織や公共の利益より、自分とはいかないまでも身内の利益を優先する人がたくさんいる組織は、社会に貢献することを優先する人がたくさんいる組織よりは、弱くなる可能性が高い。 結局のところ、働く環境が改善されていけば、必然に風通しがよくなり実力主義に近くなる。女性だからとか、非正規だからとか、不当に低く評価されていた人たちをちゃんと評価しましょうというのが公平にするということであり、風通しがよく公平になれば、面倒は見づらくなる。自分の力で頑張ってもらうしかないし、何かできるならそれは公平ではないことになる。 ▲写真 イメージ図 出典 Pixabay photo by rawpixel いきなり世の中が変わっていくとは思わないが、それでも徐々に変化していくのだろうと私は思っている。誰も嘘をついているわけではなく、ただ現実に生涯面倒を見れる人なんていない。少なくとも自分がいつ死ぬかなんてコントロールできないし、組織も同じだと思う。そのぐらいのつもりで付き合うよという気持ちの表れだと思う。それはうれしいが、受け取る側が本気になるとことは厄介だ。 大したアドバイスもくれず、自分でやればと突き放してきたあの人の優しさがわかるようになってきた。何も言わず、さりげなく自助論を渡してきた人もいた。本当の優しさとは何か、本当に自分にとっていいこととは何かが、歳をとると変化してくる。 via: アスリートの働く環境に変化 公平な社会 これは非常に面白い指摘だなと思います。公平な社会とは実力主義的な社会なんですよね。親戚だからとか、大学が同じだからとか、同じ趣味を持ってるからとか、そういう形では採用が難しくなってくる。だってそれってとても私的な理由だから。人事は私的な感情を交えず、あくまで会社にとって有益な社員を雇うべきですからね。 そう考えると、そもそも社会人アスリートというのが極めて特殊な存在だったということを改めて認識出来ます。そもそも企業にとっては広告塔という表向きの理由でやっていたんでしょうが、正直スポーツ選手のユニフォームなどに自社のロゴを入れたところでどれだけの広告効果があるのかなんて判断つきませんよね。ネットの広告などだと露出数やクリック数が分かるので如実に結果が出ますが、こういうスポンサー的なところでは全然効果がわからない。 フェアネスやデータでのわかりやすさがきちんと求められる社会で、社会人アスリートというのはそもそも今後存在出来ないものなのかもしれません。少なくとも、スポーツ選手として引退した以降も雇ってくれる会社というのは少ないのではないでしょうか。為末さんが仰る通り、そんなに一生面倒見てくれる会社なんて無いんですよね。 アスリートじゃなくてもみんなそう しかしここで声を大にして言いたいのは、社会人アスリートだけがそういう状況なわけでは全く無いということです。あらゆるサラリーマンが、実は全員同じ状況にいるのだと私は思います。要するに、自分でなんとかしなきゃいけなくなるときが必ず来るということです。企業の平均寿命は30年程度、そしていまは人生100年時代。これはもう、殆どの人間は転職を人生で経験するわけです。 同じ会社でずっと働けるなんてのは完全に幻想です。むしろ、転職を前提として物事を考えざるを得ません。そんな時に、元々居た会社が何か助けてくれることなんてありません。大きな会社であればそのネームバリューこそ使えますが、でもそれだけです。結局そこで何を学び何を成し遂げたのか、そういうところだけが見られるわけです。 企業の中で安心して暮らしているいまのサラリーマンも、そろそろ焦って自分なりのスキルや成果を身につけるべきでしょう。アスリートだけの話では全く無いと思います。