ネットで知識を増やしても賢くならないのは、知識は断片のままでは雑学にすぎないから

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ただ頭の中にひたすらパズルの一部を集めても、それが完成したパズルになることは絶対にない。インターネットで知識だけ増やしても賢くはならない。

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「ネットで知識は増えたけど賢くなった気がしない」という声に思う「当たり前だろ」感 「ネットは自分の考えを肯定する情報を探して安心を得るもの」
2018.4.7 キャリコネニュース
松本ミゾレ
 







今の時代って便利なもので、知りたいこと、分からないことがあれば、手持ちの端末で簡単に調べられる。好きなタイミングで知識を目の前に提示できるのは嬉しいものだ。
しかし、本来知識って吸収すればするだけ、頭の中に情報として蓄積されていくものだったはずだけど、現状、毎日のようにネットで調べ物をしている人は割といるのに、それら全員が賢人であるとは到底思えない。(文:松本ミゾレ)
 
「情報や考えの幅が広がるどころか皆が同じ情報に踊らされている」
 

そもそも「頭が良い」ってなんでしょうね
なんでいきなりこんな話をするのかと言えば、匿名掲示板2ちゃんねるの投稿「ネットをやって知識は増えたけど」というスレッドがあったからだ。
スレ主は本文において「頭良くなった気がしない」と書き込んでいるわけだが、たしかにネットで目にした知識ってただの文字情報でしかないので、なかなか本当の意味での知識とはなりにくい。
知りたい情報を24時間いつでも、任意のタイミングで調べることができるのはネット社会の強みと言えば強み。だけど、知りたかった情報をあまりにタイムラグもなくさっさと知ってしまうことで、ともすると知った時の感動が薄まってしまっている点は否めない。
そしてなぜか、ネットで目にした情報って、どんなに重要な文言が書かれていても、書籍だとかに比べると軽視してしまいがちだ。
スレッドにはネットで仕入れた知識が身につかない理由について考察する意見がいろいろとある。いくつか紹介したい。

「ただ液晶から発せられる映像を見て超人になれたら誰も苦労しないわけで」
「ネットで得るのは知識じゃないぞ 自分の考えを肯定してくれる情報を探して安心を得るものだ」
「情報や考えの幅が広がるどころか皆が同じ情報に踊らされている」
見方は複数あるが、どの意見も「ネットで得る知識は身にならない」という前提は当たり前のものとして受け入れられているようだ。
 
今のネットの検索は、「知識がつまったタンスを開け閉めしているだけ」
 
では、どうしてネットで得る知識を吸収できないのか考えてみるのだが、これはあまりにも手軽に欲しい情報を得られるようになった反動ではないかと感じる。
ひところ昔、インターネット黎明期の頃は、ネットで情報を検索するのは時間がかかって当然といった状況だった。図書館に出向いて調べ物をするのと同じ労力を必要とするジャンルだってあった。
ところが今ではネット上の情報もだいぶ整理されて、知りたいことは即検索できるようになった。GoogleアプリのCMでは「なんか肉肉しいお店いきた~い」みたいな漠然としたキーワードでも、肉料理の店の情報を表示できるとウリにしている。
気軽に知りたいことを知れるのは便利なものだが、気軽に得られる知識が身につかないことぐらい、みんな分かっていることでもある。
僕は、インターネットで調べ物をするという行為は、現代では、ネットという誰でも使える大きなタンスに入っている情報を、好きなタイミングで掘り出すようなものでしかないと考えている。任意の情報をタンスから引っ張り出し、一瞥をくれて満足し、またタンスに押し込む。引き出した情報を身に着けようという気が、そもそも薄いのだ。
だからネットをやっても漠然とした知識が局地的に増えるだけで、本当の意味での頭の肥やしにはなっていない。答案用紙に答えだけ書いても頭が良くなることがないのと、理屈としては比較的近いのではないだろうか。


 
知識とはなにか
これはよくある勘違いですが、何か色んなことを知っているというだけでは別に賢くなんかなりません。なぜならば、賢さとは「説明すること」「予測すること」のために使われる言葉だからです。どういうことでしょうか?
 
検索によって得られるのは情報です。情報とは、それだけでは何の意味もありません。その情報を実際に何か行動や予測や理解に用いる必要があります。用いられない情報は情報のままですが、用いられれば知識に変わります。知識とは役に立つ情報のことと言い換えてもよいかもしれません。
 
雨が降るのはなぜか? その答えを知っていても、実際に雨が降るときを予想することが出来ないのなら何の約にも立ちません。多分、ネットで獲得した知識の殆どがそういう知識になっていないのです。単なる情報のままで、それを活用していないのです。その瞬間知って、それで終わり。
 
使うために学ぶ
頭でっかちという言葉がありますが、これはどういう人を指す言葉でしょうか。それは使いもしない知識をたっぷりと蓄えて、それによって別に何も生み出したりしていない人です。つまり情報だけは頭の中にたくさんあるけれどもそれを活用していない人たちです。これはあまり褒められたものではありませんよね。
 
ネットで知識を得たのに賢くなった気がしないという人たちの多くは、これと同じ状況に陥っています。そして自分でわかると思いますが、それには意味が無いのです。それに比べて職人さんというのは真逆です。自分がやるために必要なものを学んでいく。それは走りながら学ぶ感じに近いでしょう。必要だからやる。
 
必要じゃないけど何となくその場で学んで、その場以外では特に使わない情報をいくら頭に蓄えても頭が良くならないのはまさにこういう事情があるからなのです。行動と共に知を身に着けたいものですね。

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