大体ほとんどの人はアスリートになるわけでもないのにこれだけ部活をする意味がわからない。教師は素人なのに指導の立場に立ち、生徒は勉強の時間が奪われる。愚かなことだ。 オススメ記事 部活動の指針 効率的な練習へ工夫凝らそう 2018年04月06日 06時04分 限られた時間の中で楽しく、かつ着実に技量を向上させるため、練習に工夫を凝らしたい。 スポーツ庁が中学校の運動部活動のガイドライン(指針)を決定した。練習は平日が2時間、週末は3時間程度とし、週に2日以上の休養日を設ける、といった内容だ。高校にも原則として適用する。 2016年度の調査では、休養日を週に1日も設けていない中学が2割に上っている。過度な練習は生徒を疲弊させ、負傷のリスクを高める。学業も疎(おろそ)かになりがちだ。指導教員の負担も大きい。 有能な選手の発掘・育成に、部活動が重要な役割を果たしてきたことは間違いない。1997年にも同様の目安が示されたが、定着していない。長時間の猛練習に耐えてこそ、強くなれるとの風潮が根強いのが一因ではないか。 しかし、スポーツは本来、楽しむべきものだ。部活動が生徒にとって苦痛な時間となっていては、本末転倒である。 スポーツ科学が進歩し、効果的なトレーニング法が次々と編み出されている。今回の指針を機に、内容の濃い練習を効率的に行う意識を指導現場で高めたい。 疲労回復に充てる時間が増えれば、生徒はリフレッシュして次の練習に取り組める。 五輪やプロを目指し、厳しいトレーニングを積みたいと願う生徒もいるだろう。その意欲をそがない工夫は忘れてはならない。学校単位での活動にとらわれず、地域のスポーツクラブなどと連携することは有効な方策だ。 各校は、保護者の意見を聞きながら、時代に見合った部活動の在り方に知恵を絞ってほしい。 部活動の顧問を務める教員の半数以上が、担当競技の経験を有していない、という調査結果がある。練習の質を高めるためには、専門知識を持つ競技経験者らの力も積極的に借りるべきだ。 文部科学省は昨年度、「部活動指導員」制度を導入したが、実際に外部から指導員を招いた中学は4%にとどまった。 トップレベルの技を身に付けた元選手らから指導を受けることは、生徒にとって大きな刺激となるはずだ。教員の負担軽減にもなる。アスリートにとっては、引退後の活動に選択肢が増える。 静岡市教育委員会は外部人材の登用の際、トレーニング理論や事故対応などの講義の履修を義務付け、実地研修も課している。各教委が外部人材を適切に配置する上で、参考になる取り組みだ。 via: 部活動の指針 効率的な練習へ工夫凝らそう : 社説 : 読売新聞(YOMIURI ONLINE) いい加減にせえよ もう本当にこの手のニュースに対して心から同意します。もうね、そもそも部活レベルのこととアスリート志望のこととは完全に別途出考えるべきでしょう。いま一部の学校がアスリート養成学校のようになっていますが、それは本当におかしなことなんです。だって学校っていうのはですね、基本的に勉強するために行くんですよ。体を鍛えるためでもなければスポーツが上手になるために行くわけでもないんです。 そもそもですね、部活が多少出来たところでそれで食っていくことはできないわけなんですよ。プロのアスリートになれるのなんてごくごく一部だし、ほとんどの人はクラブサッカーなどに所属して活動するわけじゃないですか。そこではもちろんバリバリプロのレベルの人間が指導を行って、高いクオリティの環境で頑張るわけです。それはそれで良いと思うんですね。それは良いことだと思うんです。でもそれを部活でやる必要はない。 なぜならば、そのようなスポーツをすることに最適化された学校というのはその元々の目的を達成することができなくなるからです。勉強を教える場においてそのようなスポーツ偏重を行えばどうなるか。いまの運動経験のない部活動の顧問、授業準備に時間を割くことの出来ない教師のブラック労働問題を生み出すわけです。百害あって一利なしですよ、本当に。 大きな機会損失 これは本当に冷静になって考えてみるべきです。みなさんが仕事をするときもそうでしょうが、クライアントの前で何かをやっているときだけ働いているわけではありません。その人に何かを持っていくためには事前の準備が沢山必要ですよね。マーケットリサーチ、開発担当者、営業とのニーズ確認と改善、様々なことをやった上でクライアントに会いに行くわけです。それはもう一丸となってやるわけです。そのくらいでクライアントといるときだけ働いているなんてわけがないんです。 それはですね、学校の先生もそうなわけです。学校の先生ってのは何の準備もしないで授業をするわけではないんです。正確にはそういう人間はいるけどそうするべきではないんです。何をどうやってどのレベルの人に教えるのか、それは個別にカスタマイズすべきことなんです。決まった型通りの教え方なんてないんです。毎年新しい参考書も出るし、より良い指導方法について毎日誰かが研究して新しい成果を出しているんです。そんな中、部活に時間を奪われて、土日も数時間、平日も夕方以降の数時間を奪われて、どうやってその時間を確保すればいいのか。出来ないんです。不可能なんです。 ということはですよ、一部の部活をしたい人たちのために、多くの生徒は「レベルの低い授業を受けさせられている」んです。これは明らかな機会損失です。授業の質が下がれば大学受験などのために塾に通わなくてはならないかもしれません。その出費は結局生徒の家族が払うわけですよね。これは学校が授業を教えるという機能を無意識の内にアウトソースしてしまっていて、そのコスト負担は家族がやってるわけです。これって学校に行かせている意味ないですよね。馬鹿げてるんですよ、いまの部活偏重の仕組みは。スポーツやりたい人は地域のクラブチームに所属すればよいんです。