『LGBTが気持ち悪い人の本音』がアウトなのは、実は記者なのでは

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今回炎上している記事、インタビュイーはもちろんインタビュアーである記者にも問題があるのかもしれません。

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絶賛炎上中の「LGBTが気持ち悪い人の本音」記事はなぜ完全にダメなのか
2018年4月10日18:00 by 深海 | カテゴリー ライフ | タグ LGBT, コラム
4月6日に掲載されて炎上しているwithnewsの記事ですが、どこがどうダメなのか完全解説してみましょう。詳細は以下から。
朝日新聞東京社会部の原田朱美記者によるwithnewsの「LGBTが気持ち悪い人の本音『ポリコレ棒で葬られるの怖い』」が各方面で盛大に炎上しています。
記事内容は記者が「LGBTが理解できない」と明言する「ただの差別主義者」へのインタビューに愚にも付かない感想が貼り付けられたもの。社会問題を裏側から眺めてみて「簡単に答えの出ない難しい問題だ」と悩ましげに頭を抱えるだけの簡単なお仕事です。
とはいえこの記事には差別とは何かということ、多様性とはどういうことかということについて看過できない誤りを含んでいるため、徹底検証してみます。
◆「心で思う」ことと「表現する」ことは完全に別物である まず指摘しておかなければならないのは、心の中で差別的な考えを持っていることと、その考えを心の外に出すことは全く別の話であると言うことです。
差別問題が大きく取り上げられるようになった2010年代の日本でキーワードとして登場したのが「ヘイトスピーチ」という言葉ですが、この訳語は「差別扇動表現」であり、言葉に限らずイラストや動画などの表現全てを内包しています。
ここで注目すべきなのは、差別というのはあくまで「表現行為」であるということ。対象を属性で排除し、誹謗中傷し、嘲笑するなどの実際の行為によってのみ「差別が行われた」と言うことができます。
例えば先日大きな騒動となった「保毛尾田保毛男」のように、LGBTを揶揄し、嘲笑するようなキャラクターを登場させることは差別行為になりますし、これに触発されてLGBTを笑いものにする事も差別行為と認定されて致し方ないものです。
逆に言えば、「心の中」でどれだけLGBTを「理解不能。気持ち悪い」と思おうと、それが心の中でだけ思っていて心の外に「表現」されなければ何ひとつ問題はありませんし、その人は差別主義者とは呼ばれません。
キリスト教では「マタイによる福音書 5:28」に
女を情欲を抱いて見つめる者はみな,心の中ですでにその女と姦淫を犯したのだ
(マタイによる福音書 5_28 (Japanese Bible)より引用)
とあるように、実際に行為に及ばず心の中で思うだけでもその罪を犯したとされます。ですが、神ならぬ人間には他人が心の中で何を思っているかを知る事はできませんし、法治国家では「表現」されない心の中の考えをもとに人を断罪することは許されません。
お分かり頂けたでしょうか?つまりこの男性は心の中でLGBTを「理解不能。気持ち悪い」と思っているからではなく、アンケートに「本音」を記載し、記者に話すという表現を行っていることで「ただの差別主義者」へと成り下がったのです。
◆LGBTを「理解」する必要は無い そしてこの男性を含め、多くの人が勘違いしているのが、LGBTを差別しないためには「理解しなければ」ならないと考えていること。このふたつは全然別問題なのですが、なぜかひと繋がりのこととして捉えられがちです。
差別しないことと理解することはイコールでは結べません。この男性のように「自分と同じ体をしているんだよ?それで興奮するの?」と、LGBTのことが理解できなくても全然構わないのです。
理解できない事と、差別をする事の間には20億光年程の距離があります。大切なのは誰が同性を好きになろうが(或いはネリリし、キルルし、ハララしようが)、そのことを理解できなくても放っておくことです。
多様性というのは異質な存在が異質なまま共存することです。相互理解できないからこそ異質なのですし、無理矢理に「理解」しようとすればそこには異質さ故の軋轢が生じます。
LGBTの話で言えば、異性愛者が同性を好きになる感覚を理解する必要はなく「自分が異性を好きになるように同性を好きになる人がいるんだな」と頭で分かっていればもう十分で、心までついていかせる必要はありません。
では、必要なのが理解ではないなら何なのか?それはLGBTがその属性によって差別されている時に、それはおかしい、あってはならないと気付けることです。この男性で言えば
「僕、保険の代理店をしていたこともあるんですけど、同性パートナーだと保険金の受取人になれないんですよ! 3年前に知って驚きました。そんな不都合は、すぐ解消してあげたらいいと思うんです」
(LGBTが気持ち悪い人の本音 「ポリコレ棒で葬られるの怖い」 – withnews(ウィズニュース)より引用)
という感覚です。マイノリティがその属性によって不都合を被っている時に、それを解消すべきだと考えられること。これは社会に公正さを求める態度ですが、LGBTを(そしていかなる属性の人も)差別しないために必要なのは「理解」ではなくこの考え方です。

 
完全にアウト
今回の記事はめちゃくちゃに反響を呼んでいて、むべなるかなという感じもあります。なんといっても、差別主義者の差別をそのまんま垂れ流している形になりますからね。記者の方もその主著内容についてなんらの評価も記事の中でしていませんし。彼女なりの考えもあるようで、SNSなどでは「こちらもどうぞ」などと言っていますが、どうも記者として十分誠実だとは言えないと思います。
 
なんといっても記事というのは基本的に1記事単位で切り貼りされるものですから、その記事の中に自分のスタンスというのはきちんと示す必要があるからです。そうでないと、今回のようなケースで自身のスタンスを見せないとただただ差別主義者の声を大きな媒体で表現しただけになってしまいますからね。そういう言説が許されるんだ、と思われてしまっても仕方がありません。
 
あるいは、そういう言説を許すなら許すで、許すということをきちんと示すべきでしょう。そういう判断をまるっと読者にお願いしてしまうのは、ある種の芸術なら許されると思いますが、朝日新聞、つまりジャーナリズムの人間としては態度として間違いであるとすら言っても良いのではないでしょうか。
 
差別主義者の声
とにもかくにも、今回の内容については徹底的に問題視されてしかるべしでしょう。要するに、差別主義者の声という形で素朴なことを言っているようで、その内容はどこまで言っても差別的な内容なんです。素直な感情だろうが、悪人でなかろうが、差別というのは行えるし行っているものだということです。
 
彼が言っていることは紛れもない差別です。差別的な言動以外の何物でもありません。彼は悪人のようには描かれません。当然です、なぜならば差別というのは悪人がやるものではないからです。だからこそ恐ろしいのです。素朴な、常識のような、日常的な感覚で差別は行われるものなのです。彼は紛れもなく差別主義者なのです。
 
だからこそ、彼自身は素朴な感覚で差別的な言動を行おうとも、記者としてはその差別性について切り込むべきなんですね。今回の事例は、差別差別者が悪いというよりも、ジャーナリストとしてそれに真正面から向き合うことなく、ただサラッと差別的言動をオブラートも批判もなしにぶん投げているところが問題なんだということです。

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