全面的に同意する内容です。働いてお金を入れることも大きく見たら家事の一環。それを無視して、家事を公平に分配するのは不可能でしょう。 オススメ記事 ■仕事も「家事」に含めるべき 最近「見えない家事」って話題になったじゃん 作業としてはしっかりあるのに 家事として認識してもらえない家事 例えばゴミ出しにおける「新しいゴミ袋をゴミ箱に設置する作業」とかそういうやつね この「見えない家事」の最もたるって「仕事」なんじゃないかと思うんだよ 夫婦間での家事負担が平等だと感じるときって (実際にポイントつけてる人は少ないだろうけど) 「家事ポイント」的なものの量が夫婦で同じになったときだと思うんだよね 例えば 妻が夕飯の用意(ポイント10)したら 夫が洗濯(ポイント3)皿洗い(ポイント3)子供の寝かしつけ(ポイント4)したら 平等 みたいな そこで聞きたいんだけど 仕事から帰ってきた夫の「家事ポイント」は何ポイントになってる? もしかして0ポイントになってない? 仕事から帰ってきた夫を「今日はまだ何も家庭に貢献してない」とか思ってない? 仕事も立派な家庭のための「家事」だと思うんだよ よく 「ママの一日のスケジュール」みたいなのでさ 「パパは朝7時に出勤して帰るのは夜の10時過ぎ!それまでワンオペ育児でママは自分の時間が全然ありません!」 みたいなの見るけどさ 確かにワンオペ育児で自分の時間がとれないだろうけど その裏に朝7時に出勤して夜10時過ぎまで仕事で自分の時間がないパパの存在があること忘れられてない? 平日の仕事とか休日の車の運転とか そういうパパのやってることが「見えない家事」になってない? 仕事から帰ってきたあとゴロゴロしてるパパの今日の家事ポイントは0ポイントってのはいくらなんでも不公平なんじゃないかな ※仮に父親がサラリーマンで母親が専業主婦(or育休中)で話ししたけど、共働きでも専業主夫の家庭でもとにかく家庭の外で行われている家庭のための労働も「家事」として扱うべきじゃないかという話です via はてな匿名ダイアリー 仕事も家事の内 これってちょっと強い言葉を使ってはいるものの、まさに正論という感じがします。私は個人的にラディカルなリベラル的発想をしていますが、だからこそこの考え方に同意します。なんでもかんでも家事を分配しましょう、というのはおかしいと思うのです。もちろん共働きにも関わらず女性の方が家事の負担が大きいといった状況にも疑問を感じますし、同じく働いて帰ってきた人間がそうでない人間と家事を等分に配分することもおかしく思います。 家事というのは一般的には家の中でのこと-掃除洗濯ゴミ捨てに炊飯など-を指しますが、それらすべての活動の前提になっているのは家のメンバーの誰かが外で働いてきたお金です。それがなければほとんどの活動は出来ないでしょう。ですが、だからといって働いてくることが家事よりも偉いというわけではありません。 働いてきて家にお金を入れたら自動的にそれらのタスクが片付くわけでは決してありません。ある程度清潔な部屋をキープし、ある程度の料理を食べることが出来る環境というのは得難い資産です。そして、そこに団欒があるからこそお金を入れる意味があるのであって、そういう生活の「ために」お金を稼ぐのならば、当然ながらそれら家事も同様に重要なことなのです。 そう考えてみると、家の中のこととそれをするための活動資金を獲得することは、総じて「しあわせな生活」をするための重要なタスクであって、同じように重要に考える必要がありますし、得意不得意や好き嫌いによってうまくメンバー内で役割を分担することが望まれます。 どっちも頑張ってるからどっちも認めよう ですから、仕事によってお金を稼いでくることの価値を10として家事労働の価値を10とするのならば、もしかしたら働いて帰ってきた人は家事労働をしなくてよいのかもしれません。裏を返せば、家事労働を行っている人間は外で働いてくる必要がありません。これは同じ関係性ですよね。 ここに差別的なものは感じません。私が差別だと感じるのは特定の性が「働くことが許されない」とか「家事をすることが許されない」ということであって、自由な選択肢の中でそのメンバーが合意をして役割分担することに関しては差別を感じません(ただし女性の給与が不当に低い場合は、制度的に家事をせざるを得ない状況になっているとも言えるので、場合によっては差別に当たるでしょう)。 この方の意見に全面的に同意します。あらゆる人のあらゆる頑張りが、ちゃんと認め合えるような関係性が素敵でしょう。