いつの時代も「虐げて良い」と思われた人たちが被害を受ける。この悲しい構造がニュージーランドにもあったようです。 オススメ記事 先住民の子に性的虐待 NZの施設「白人職員の個室で」 ファンガレイ=小暮哲夫 2018年3月26日09時59分 虐待の被害者の一人、パオラ・モイルさん。独立組織による調査で「真実が明らかになってほしい」と語る=ニュージーランド北部ファンガレイ、小暮哲夫撮影 全国の福祉施設で、先住民の子どもたちへの虐待が長年にわたって続いていた――。ニュージーランド(NZ)政府が、こんな問題を調べる独立組織を立ち上げた。先住民マオリとの共存を課題としてきたこの国にとって、歴史と向き合う機会にもなる。 マオリニュージーランドの先住民。14世紀ごろまでに南太平洋の島々から渡ってきたと伝えられる。1840年に首長らが主権を英国に譲渡。英国人らの入植の過程で土地などを奪われた。2013年の国勢調査では人口は全体の15%の約59万8千人。一方、失業率は全体の3倍の15・6%。高校進学率も低く、白人との格差は残っている。 「私がNZ南部にある養護施設に入れられたのは、ちょうど5歳の誕生日のことでした」。NZ北部ファンガレイの自宅で、ソーシャルワーカーのパオラ・モイルさん(54)は、つらい過去を語り始めた。 父は白人で、母はマオリ。モイルさんら4人の子が生まれたが、父は酒と浮気に走った。母は落ち込み、育児に支障を来した。すると、息子とマオリの女性との結婚を望んでいなかった義母が、社会福祉当局に通報。当局はモイルさんと年下の2人の弟を施設に入れた。容姿が白人のようだった年長の姉は父方に引き取られた。 施設には、数百人の子どもがいたが、大半がマオリだった。近くの学校に集団で通う以外、外出は許されなかった。 親元を離れた寂しい生活で待っていたのは、性的虐待だった。寝泊まりする大部屋から、お漏らしをしかる名目などで白人の職員に個室に連れて行かれることがあった。そこで、モイルさんと上の弟は何度もレイプされた。「入所前にあふれていた弟の笑顔が消えてなくなった」と振り返る。 施設を出られたのは、18歳になった時だった。 首都ウェリントンに暮らすユージン・ライダーさん(47)は11歳のとき、最大都市オークランドにある施設に入れられた。学校で文房具を盗んだこともあり、家出中に警察に補導され、そのまま施設に連れて行かれた。 そこには、30人ほどの少年がいた。多くがマオリだった。プールや運動場もあり、食事も3回出た。だが、職員には親切な人たちがいる一方で、性的虐待の常習者が2人いた。シャワー室などでレイプされた。「2人が夜間勤務の時はみんな恐れた」 16歳で社会に出るまで、4カ所の施設で生活したが、「(職員の)暴力は普通だった」と言う。ある施設では裸にされて木のむちで打たれたこともある。恥ずかしくて性的虐待された経験をずっと口にできなかった。そんな状況は自分たちだけでなく、広範に長年続いていたらしいと、最近知った。 施設へ「保護」 背景に人種差別 NZでは、1950年代から90年代に10万人以上の子どもたちが、虐待や貧困などの理由で、公立や民間の養護施設に入れられた。その大半はマオリの子どもたちだったとされる。 この問題を調べてきたオークランド大法学部のアンドリュー・エルティ上級講師によると、失業やアルコール依存などの問題を抱えた家庭もあったようだ。ただ、「当局がマオリだという理由で(保護の)標的にした構図が見て取れる」とも指摘。施設での虐待も「人種差別がある状況で起きたと疑っている」と話す。第2次世界大戦後、地方にいたマオリが仕事を求めて都市に出てきた。白人と共に暮らす状況になり、人種間の緊張が生まれていたという。 隣のオーストラリアでは、1910年ごろから70年代に入るまで、政府が先住民(アボリジナルピープル)の子どもたちを施設に入れたり、白人家庭に養子に入れたりした。白豪主義のもと、先住民を白人に同化させる狙いだった。家族から引き離された子どもたちは「盗まれた世代」と呼ばれ、多くが虐待された。 施設で虐待されたマオリの人たちは、これになぞらえて、NZ版の「盗まれた世代」とも呼ばれる。 via 朝日新聞 先住民の子に性的虐待 NZの施設「白人職員の個室で」 社会的弱者が常に狙われる なんとも痛ましい記憶に、そして繰り返される弱者への迫害に嫌気がさしますね。あらゆる状況において、社会的に弱い人間ほどこうやって被害を受けます、多くの女性、子どもはその筆頭です。なぜこのようなことが起きるのか。しかも、本来であればそういう弱っている人を保護するための施設でこのようなことが起きてしまうのでしょうか。 いくつか考えられるポイントはありますが、1つは「そもそもそういうことを狙っている人が働く」というもの。これは多くの人がもつ慈善的プロジェクトに関わる人のイメージとは異なるものです。彼らは正しい信念に基づいて行動しているのではなくて、その陰で悪いことをするためにやっているというのですから。もちろん一部にはそういう人もいるでしょうが、全員ではありません。 実際に今回の事件を見ても、施設の職員の内2人だけが加害者だったようですから、必ずしもマジョリティであるとは到底言えません。これは男性の保育士さんなんかが変な目で見られやすいのと似ているような気もしますね。 私が恐らくそうだろうと思っているのは「社会的弱者がいる場所でこういうことが起きる」ということです。加害者の元々の性格ももちろん重要ですが、環境自体が人間の汚い部分を引きずり出してしまうということです。逆に言うと、環境に介入することが出来れば問題を未然にある程度防ぐことも可能になるでしょう。 人が汚くなれる環境 では、そのような環境とはどのような場所でしょうか。決してこのマオリ族の被害の話だけではありません。社会にたくさんあるいじめや虐待、パワハラやセクハラなどすべてに当てはまる話です。それは「そこ以外に行き場所のない人たち」「助けを外部に求めることが難しい人たち」がいる場所です。 こういうところでは必ず上に立つ人間のモラルが崩壊します。ほとんど100%だと言っても良いでしょう。なぜならば、人が理性を持って応えるのは社会的な制裁を前提としているからです。あるいは互酬性が存在するからです。助けるから助けられる、悪いことをしないから人にもされない、そういう関係が重要なのです。 しかし、行き場所のない人たちのほとんどは加害者に制裁を与えるための方法を知らなかったり、他の場所に行けないので嫌われるのを恐れてその行動を取りません。そうなると、加害者としては理性を守るほうが「損」なのです。自分の自由な欲望を吐き出して暮らす方が毎日は「幸福」ですから。 今回の環境も、誰にも言えない文化や制度が存在していました。人は誰でもいつでも醜悪になれる。だからこそ環境や制度を整える必要があります。一般に性悪説と呼ばれるものもこういう考え方の上に立っています。