なんというか余りに無粋で腹が立ちさえするのですが、これが右翼的な視点から「しか」物事を見ることの出来ない人間なのだと驚きます。 オススメ記事 「ちびまる子ちゃん」キャッチに抗議の自民・赤池議員「(友達に)国境はないと嘘を教えてはいけない」 西岡千史2018.3.24 10:43dot. ちびまる子ちゃんでも文科省に猛抗議していた赤池誠章参院議員 (c)朝日新聞社 赤池議員がキャッチフレーズを問題視した『ちびまる子ちゃん イタリアから来た少年』 前川喜平・前文部科学事務次官への授業介入が問題化した自民党の文科部会長の赤池誠章参院議員が、アニメ映画「ちびまる子ちゃん イタリアから来た少年」のキャッチコピー「友達に国境はな~い!」でも、文科省に猛抗議していたことが発覚。話題となっている。文科省は東宝とタイアップして映画を制作、2015年12月に公開されていた。 【写真】赤池議員が問題視した『ちびまる子ちゃん イタリアから来た少年』 AERA dot.編集部は3月22日、「『ちびまる子ちゃん』でも文科省に猛抗議 前川前次官の授業介入した自民・赤池議員の圧力体質」と題した記事を掲載。記事公開前に赤池氏の事務所にFAXで質問状を送っていたところ、23日に編集部に回答が届いた。 回答では「教育行政を司る文部科学省として、子供向けとはいえ、『国境はない』という嘘を教え、誤認をさせてはいけない」「国境は歴然としてあります」と、抗議の理由をあらためて説明。そのうえで、「私なら(キャッチコピーは)『国境があっても、友達でいよう』と名付けた」と述べた。今後、同様のケースがあった場合の対応については「国民に選ばれた立法府の一員として、行政府に対して、事実確認を行い、問題提起をすることは当然の仕事」と回答した。 赤池氏は、キャッチコピーについて、15年12月3日の自身のブログで〈国際社会とは国家間の国益を巡る戦いの場であり、地球市民、世界市民のコスモポリタンでは通用しない〉と批判。文科省の担当者に〈猛省を促した〉と書いていた。 赤池氏は、前川前次官が名古屋市の中学校で授業をしたことに対し、自民の池田佳隆衆院議員とともに文科省に問い合わせをしていた事実が今月20日に発覚。与党である公明党の井上義久幹事長からも「今回のいわゆる調査依頼には、私は極めて違和感を持っている」と批判されていた。 via .aera 「ちびまる子ちゃん」キャッチに抗議の自民・赤池議員「(友達に)国境はないと嘘を教えてはいけない」 なぜ彼の言動に反感が起きるのか 彼のこのような振る舞いについて、かなり多くの人が反発しています。なんといっても、このようなアニメーション作品と現実の国際政治におけるリアリズムの考え方を無理にくっつけて同じ次元で考えようとする振る舞いそのものの違和感があるからだと私は考えます。 まず第一に、彼の持っている政治観自体は特に間違いではないでしょう。国際政治において国境の存在とは非常に大きなものです。国家が国家として成立するために最も重要なものの1つが、その領域を画定する国境だということなんです。様々な国家は国境を書き換えるために戦いを行いますし、少しでも広い国土を持つことはそれ自体が強い武器になることも確かです。 ですから彼の国際政治的な考え方は別に自明なことだし重要ですが、ここで反感を受けている理由は「ちびまる子ちゃんのアニメーション映画は、政府の文書でもなければ外交の方針を定めた綱領でもあない」というところにあります。国際政治観は重要ですが、その考え方がいついかなるときにもつねに 重要であるというわけではありません。外交問題を考える上では重要ですが、これは外交問題についてのアニメーション映画では決してありません。 あらゆる正しさというのは様々な形で、様々なドメインで存在していますが、しかしその正しさがそのドメインを超越してまで正しいかは疑問です。少なくとも今回の場合は明確な越権であって、彼は彼が持っている世界観が、彼の見えるすべての世界に適応されるべきだと考えているのかもしれませんが、これは間違いなのです。 ソフトパワー もちろんこれが文科省の協力もあって作られたということは、少なからず国家が絡んでいてることであって、普通の商業的なアニメーションであればわざわざコメントなどしなかっただろうということも考えられます。これはまた別の論点になるのですが、そもそも外交というのも決して一枚岩でやれば良いというものではありません。土台、国際政治におけるリアルポリティクスという軍事力を重視した考え方だって1つの考え方に過ぎません。 国際関係や外交というのは、あらゆる手段を用いて国益を生み出すことです。あらゆる手段の中には表面的には対立するものもあるでしょうが、相手によってどのパワーが役に立つのかはわからないので多様な選択肢を自国が持っていることはとても重要です。今回の文科省がつくったアニメーションはまさにソフトパワー、文化的な面での外交力を育むものです。お互いに仲の良い国家は中々武力行使を行わないものです(政府が国民からの印象を悪くすることを避けるため)。 そのような意味で、こういったアニメーション映画ももちろん外交力にとっては有効なのです。リアルポリティクスでは正しく評価することのできないこういったソフトパワーを安易に否定するような彼の立場には、理解はできるもののやはり越権的だなと感じます。皆さんはいかがでしょうか。