現代の魔法使いと言われる落合陽一氏が語るのは、デジタルでありながらそれが自然な世界。私達の現実はいま大きな変化を迎えています。 オススメ記事 絵や映像、動画などのメディアは、年々進化を遂げています。 元々、人間は壁や地面、紙に絵を描いていました。2次元上に絵を描くという行為自体は、スマートフォンが普及した今でも変わってはいません。 ただ、20世紀に入った頃から、「メディアは絵などの静止画にとどまらず、時間方向に拡張された」と落合 氏は言います。静止している絵のメディアに加えて、時系列に沿って動き出す動画のメディアが生まれたのです。 1985年、フランスの映画発明者であるリュミエール兄弟は、映像をスクリーンに投影する「シネマトグラフ」を発表しました。そしてそのわずか7年後、1902年には、同じくフランスのジョルジュ・メリエス 氏が『月世界旅行』を公開します。 現実世界の映像がスクリーンに映し出されるようになってから、舞台のセットやスタジオを作り、ストーリーでつなぎ合わせることで映画を作るということが、ごく当たり前になったのです。 「メディアが時間方向に進化して、それで終わりかといえばそんなはずはない。皆さんもスマートスピーカーのような音と光に関する技術が、単純に液晶の板ではなく違うアプローチで出てくることに抵抗感はなくなってきているでしょう。今日はそんな話をしていこうと思います。」(落合 氏) via ferret “デジタル”と“アナログ”が区別できなくなる世界〜落合陽一氏が語る「再魔術化」した現代のコミュニケーションとは〜 現実が拡張する未来へ これは物凄い慧眼ですね。詳しくは記事を読んでもらいたいのですが、人間にとっての現実というのは常に簡単にハックされるものでした。これまでもずっとそうでしたし、これからもずっとそうでしょう。例えば地球が丸いという現実を私達は当たり前のものと受け止めていますが、昔の人はそうではありませんでした。大体もしも丸かったら私達は落ちていってしまうはずです。 それでも私達が地球を丸いと認識しているのは、宇宙から見た写真だったり、科学的な知識から丸いと認識しているに過ぎません。知識が現実を歪めて認識しているのです。錯視はもっとわかりやすい例でしょう。短いものが長く見えたり、その逆だったり、違う色を勝手に脳みそが作り出したりします。現実は簡単に事実から乖離するのです。 ですから、能がそれを現実だと認識さえすれば、それがたとえテクノロジーで作られていたとしても関係ありません。それを現実だと思った人間にとって、それは現実なのです。これから若い世代は板状の物体をタップしただけで音が出ることを常識として生まれ育ちます。彼らにとってみれば、音が出ない板上のものは不自由なものになるのです。 技術の発達が世界を根本から変える 見え方も感じ方も脳みそをハックすることで可能になるのだとしたら、私達が生きる社会というのはもはや仮想現実と現実との区別など当然つかなくなります。例えば、小顔効果のあるカメラというのがありますが、人間の脳みそにこのような機能を与えることが出来れば、この社会に見えるすべての人間を小顔にすることができます。 触った感触をその見えている世界と同じように調整することが出来れば、触ってもその小顔の感じが得られます。物体としてのその人の顔のサイズがなんであれ、見えて触れる世界において小顔ならば、その人はもはや小顔と言って差し支えないのではないでしょうか。だって、小顔じゃないその人にはアクセス出来ないんですから。 他のものに当てはめることだっていくらでもできますね。顔の造形だって、運動能力だって、好きな様に変えることが出来るようになったら、私たちはいまよりもっと自由になるのでしょうか、それとも混乱してそれを嫌がるようになるのでしょうか。どちらに転ぶにせよ、私達の社会は急速に変わりつつあり、それを止める流れは存在しないということです。