夫婦別姓制度なんて正直さっさと導入したら良いとしか言いようがありません。別に同じにしたい人はすればいいし、したくない人はしなければいい。ただそれだけの話なのになにをウダウダやっているのかわかりません。 オススメ記事 夫婦が希望すれば結婚前の姓を名乗れる「選択的夫婦別姓」の制度について、内閣府の世論調査で、導入に必要な法改正を容認する人は42.5%で、反対する人を10ポイント余り上回りました。今回、調査対象が変わったため、単純に比較できませんが、容認する人の割合はこれまでで最も高くなりました。 家族に関する法制度の世論調査は、内閣府が、去年11月から12月にかけて、全国の18歳以上の男女5000人を対象に行い、59%に当たる2952人から回答を得ました。同様の調査は5回目で、今回から、調査対象に18歳と19歳が加わりました。 それによりますと、夫婦が希望すれば結婚前の姓を名乗れる「選択的夫婦別姓」の制度について、導入に必要な法改正を容認する人は42.5%で、反対する人の29.3%をおよそ13ポイント上回りました。 今回、調査対象が変わったため、単純に比較できませんが、容認する人の割合は、平成8年の調査開始以来最も高くなりました。逆に、反対する人の割合はこれまでで最も低くなりました。 一方、夫婦や親子の姓が異なる場合、家族のきずなに「影響がない」と答えた人は64.3%で、「弱まると思う」の31.5%のおよそ2倍になりました。 結果について法務省は、「制度の導入には、幅広い理解が必要なので、引き続き国民の議論を注視していきたい」と話しています。 論点も主張も明確 夫婦別姓制度の導入についての議論はもうすでに十分尽くされてるように思われる。いわく夫婦別姓に反対する人間はそれによって家族の絆が失われるというふうに考えているようだ。しかし明治期にとっては夫婦の苗字が違うことも当たり前であったし、私たちが伝統と考えている多くのことはこの数十年で起きてることにすぎない。 もしも夫婦の苗字が違うことが家庭の絆コンサートにつながるというのであれば、昔のほうがもっと離婚率が高かったのではないだろうか。要するに全く説得力のない反対意見についてわざわざ慎重に議論する必要は全くないと私は考えている。最近もサイボウズの社長がこの問題について裁判を行っているようだが私はおそらく今回の裁判で夫婦別姓制度について新しい議論が生まれるだろうと考えている。 それは彼が大企業の社長であるからという単純な理由ではなく、むしろ男性側からこのような声が上がったということに大きな意味があるだろうと思っているからだ。 非常に残念なことだが夫婦別姓をすることができない場合の多くの困難は女性側がそのコストを支払っている。あらゆる名義を変更することには多くの手間がかかる。最近は女性の活躍も当たり前になってた女平日にこのやつ好きをすることが困難になっていると言う現状もある。 それでも尚男声合唱することによってよりこの問題が一般化されるのではないかと思っている。 自由な方向へ進もう 私がそもそもこの議論の多くは無意味だって思って一番の理由はたとえ夫婦別姓が廃止されたとしても同じ苗字にしたい人は好きにすれば良いからである。 選択肢が増えることによって困る人にはいるのだろうか。夫婦の苗字は一緒であれば良いと考える人間をそうすれば良い。 一緒じゃなくても構わない、あるいは一緒じゃない方が都合が良いという子たちは一緒の名字にしなければよい。極めてシンプルなロジックだと思うのだが何が問題なのだろうか。 そもそも夫婦のきずなや家族の絆というのであれば、この苗字の問題ではなくてもと現代の社会問題の構造にメスが入るべきであって、 昨今の離婚率の向上について夫婦別姓は一切関係がない。それがどのような影響を及ぼすのか全くわからないシステムについて議論してる暇があれば現実に存在してる問題について構造的に把握し問題解決のためのアプローチを進めるのが本筋であろう。 全くもって馬鹿らしい議論だ。さっさと夫婦別姓制度を進めるか、そもそも結婚制度というのをやめたらよろしい。