大学院生は秀才なので「みんな同じ」が大好き! 日本の研究力が落ちるわけ

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大学院生と聞くと頭がよく感じます。頭が良いというのはややもすると「人より出来る」ことしかやらなくなってしまいます。そして日本は、まさにそれを原因として研究力を落としているのです。

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でも、それと同じことはすでに研究領域でも起きていたのでした。若い研究者たちは専任のポストを求めて競争することを強いられています。でも、研究領域がばらばらで、テーマがばらばらで、研究方法もばらばらだと、研究成果の優劣は確定しがたい。

それよりは、研究者たちができるだけ同じ研究領域に集中して、同じ研究方法で、同じ研究課題に取り組んでいてもらう方がひとりひとりの出来不出来を比較しやすい。当然です。その結果、若い研究者たちを競争的環境に投じたら、研究者ができるだけたくさんいる領域を選んで専攻するようになった。

誰も手がけない、前人未到の領域こそが本来なら研究者の知的関心を掻き立てるはずですけれど、そういう領域に踏み込むと「研究成果が査定不能」というリスクを負うことになる。「格付け不能」というのは市場からすると「無価値」と同義です。だから、リスクを避ける秀才たちは「誰も手がけない領域」ではなく「競争相手で混み合っている領域」に頭から突っ込んでゆくようになった。そうやって日本の学術研究の多様性は短期間に急激に失われていったのでした。
via: 大学教育は生き延びられるのか? (2/3)

 
大学院生とは何者なのか
大学院生と聞くと、頭が良いと感じると冒頭に書きましたがこれすら本当のところよくわかりません。そもそも大学院って何? という人のほうが多いでしょうし、院生の友達がいる人だって少数派でしょう。
 
大学院とは、大学を卒業後更に「研究」をするための場所です。大学は基本4年間ですが、その後大学院では修士課程と博士課程というのがあり、基本的に前者は2年、後者は3年となっています。つまり、博士課程を卒業して「博士号」を取得するためには4+2+3で実に9年近くも掛かるのです。
 
博士号を取得してから大学で働く人もいれば民間で働く人もいます。また、大学で働きたかったけれどポストが見つからなかった人はポスドクと言って業績を積む時期を持つ人も最近は少なくありません。ポスドクの間に良い結果を出して、大学で働き口を見つけるというわけです。
 
良い結果とは何か? といえば答えは1つ。すぐれた論文を作ることです。すぐれた論文を書けば研究者として認められ、その業績が高ければ就職に有利。そういう意味では、普通の就活と何も変わりません。
 
なぜ日本の研究力は落ちたのか
しかし、このような就活的な様相は元々あったわけではありません。元々大学院というのは入るのが難しかったので、そこでの競争は今ほど激しくありませんでした。この20年ほどに文科省が制度を変え、大学院生を大量に増やし、かつその人達の就職先は増やさなかったのでいま大変な問題になっているのです。
 
昔なら論文1本で大学の仕事に就けたのに、今では外国語で授業が出来て国際学会で3本も5本も論文を出していないと仕事に就けなくなってしまいました。これって恐ろしいことなんです。そして、そうなってくるとみんな「いかに早く業績を出すか」に集中するのも当然です。
 
業績を出すために一番簡単な方法は、よく評価されそうなところで研究するというものです。それでも勿論ものすごく難しいことではありますが、昔であれば「誰も魅力がわからないところで研究して成果を上げてやる!」といった野心も許容されていたのが、いまでは確実に評価されるが未知の領域ではないところに進んでいくようになってしまっているのです。
 
文科省の安易な政策によって、優秀な頭脳の多くが良い仕事に就けずに苦しみ、そのために仕方なく大して関心もないし社会的なインパクトも無いけれどわかりやすく確実に評価される場所にいく。要するに小粒化しているというのが、昨今の大学院生事情であり、そして日本の研究力が落ちている理由なのです。

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