転載元 : http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/14562/1371913756/ 1: 以下、名無しが深夜にお送りします 2013/06/23(日) 00:09:16 ID:KFXYov4A 名前も知らない鳥がさえずった。 春が来たのだと直感した。うららかな春だ。 数十キロメートル頭上では、例年と代わり映えしない青空がどこまでも続いている。 数百メートル先の森は青々と茂っているが、ところどころ禿げていた。 おそらく、空気はまだ少し冷たいんだろう。そう推測した。 数十メートル先の、軽自動車一台分ほどの道幅の道の脇には、淡い桃色が並んで咲いている。 散った花びらの量は灰色の道を覆うほどだ。それでも、未だに花びらはあちこちで舞っている。 そして眼下の田んぼには、乾いた土が散らばっている。周囲に稲は無い。 今日も彼は、その寂しい田んぼの隅っこに突っ立っていた。 いや、突き刺さってたという方が正しいかもしれない。 何をするわけでもなく、生まれたときからここに突き刺さっている。 それが仕事なのだから、仕方ない。 2: 以下、名無しが深夜にお送りします 2013/06/23(日) 00:09:57 ID:KFXYov4A そうは考えても、もう何十年になるのだろうか。 目の前の道を人が通り過ぎる度に、羨ましく思う。 自らの足で好きな場所へ行けるだなんて、夢のようだ。 とても羨ましい。 そんな彼の毎日の唯一の楽しみは、目の前の道を通る人を眺めることだった。 赤や黒の鞄を背負った少年少女は、いつの間にか大きくなっていて、驚いたりもする。 彼らの母も、いつの間にか老けていて、それを見たときは何とも言えない気持ちになることもある。 毎日そこを歩いていた老人が、突然ある日を境に来なくなってしまうなんてこともあった。 そういうときは、月日が流れるのは早いものだと改めて感じる。 光陰矢の如しという言葉が、頭を過ぎった。誰から聞いたんだったか。 3: 以下、名無しが深夜にお送りします 2013/06/23(日) 00:10:36 ID:KFXYov4A この辺りの風景も、少し変わってしまった。 昔は、道は土がむき出しになっていたのに、今は濃い灰色の塊に覆われている。 緑も少し減ったような気がする。そして、子どもの数も。 彼は昔の風景が好きだった。 昔と変わらないのは自分自身と、眼下の田んぼだけだ。 寂しい。これから先のことを考えると、もっと寂しくなった。 いったい、いつまで続くんだろうか。 答えは出ない。彼はここに立っていることしかできない。 4: 以下、名無しが深夜にお送りします 2013/06/23(日) 00:11:18 ID:KFXYov4A 眼下に広がる田んぼは、未だに殺風景だ。 水が張っているだけマシなのかもしれないが。 あたたかい風が水面を撫でる。 そこに映る潰れた赤い光が揺れた。夕陽だ。 彼はその日もいつもと同じ場所に、いつもと同じように立っていた。 続きを読む