転載元 : http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1550998644/ 1: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/02/24(日) 17:57:25.32 ID:XvPKIJJF0 この業界だって楽しい事ばかりじゃない。 そんなのは入る前からもう分かりきってた事実だ。 けれど、そういう場所だからこそ、せめて。 アイドルにくらい、楽しい事ばかりを経験させてやりたいんだ。 2: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/02/24(日) 17:58:48.77 ID:XvPKIJJF0 「――美味しいお料理と、きゅっとやれる何かがあれば、それで」 「いやいや! 世の中きゅっとやれるモンなんてそう無いですって!」 スタジオを満たした苦笑に、手元の進行表から視線を上げた。 めかし込んだ楓さんの指先がぐい呑みを象っている。 並びの椅子に座る若手のバンドが勢い良くツッコミを入れる所だった。 溜息を零しかけ、背筋を伸ばす。 危ない。誰が見ているのか分からないんだ。 軽く頭を振り、ジャケットを張って整えた。 「5分の休憩入りあっす!」 スタッフさんの言葉を合図に、そこかしこから声がさざめき出す。 隣に座っていた日系の歌手さんと二、三交わすと、楓さんがとことこと歩み寄って来た。 「お疲れ様です」 「楓さんこそ、お疲れ様です」 「いえいえ、プロデューサーこそお疲れ様です」 「……いえいえいえいえ?」 「いえー」 5: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/02/24(日) 18:04:12.62 ID:XvPKIJJF0 軽く揚げられた右手に、そっと右手を重ねた。 叩くなど畏れ多くて出来やしない。 楓さんの指先にすっと掌をなぞられて、慌てて俺は手を引っ込める。 「元気、出ましたか?」 「え?」 「さっきから、何だか元気が無さそうでしたので」 「……よく見えますね」 「私の目が黒いうちは誤魔化せませんよ」 「……」 ツッコもうかどうか数秒だけ迷ったからだろう。 スタッフさんの声が再開1分前を告げ、楓さんは残念そうに踵を返す。 背中越しに振られた手を、俺は何故だか悔しさと共に見送った。 椅子に座り直した楓さんがぴしっと背筋を伸ばす。 行儀の良さは彼女の数多い美点の一つでもあった。 カウントと共に収録が再開された。 休憩中に準備された楽器を手に、若手のバンドが演奏に入る。 スタジオの照明が落ち、音楽が流れ出したのを確認して。 今度こそ、溜息を零してやった。 続きを読む