83: 水先案名無い人 04/07/23 14:39 ID:lH7GBTlx 昭和二十年三月十日の(東京)大空襲から三日目か、四日目であったか、 私の脳裏に鮮明に残っている一つの情景がある。 永代橋から深川木場方面の死体取り片付け作業に従事していた私は、無数とも思われる程の遺体に慣れて、 一遺体ごとに手を合わせるものの、初めに感じていた異臭にも、焼けただれた皮膚の無惨さにも、 さして驚くこともなくなっていた。 午後も夕方近く、路地と見られる所で発見した遺体の異様な姿態に不審を覚えた。 頭髪が焼けこげ、着物が焼けて火傷の皮膚があらわなことはいずれとも変りはなかったが、 倒壊物の下敷きになった方の他はうつ伏せか、横かがみ、仰向きがすべてであったのに、 その遺体のみは、地面に顔をつけてうずくまっていた。 着衣から女性と見分けられたが、なぜこうした形で死んだのか。 その人は赤ちゃんを抱えていた。さらに、その下には大きな穴が掘られていた。 母と思われる人の十本の指には血と泥がこびりつき、つめは一つもなかった。 どこからか来て、もはやと覚悟して、指で固い地面を掘り、赤ちゃんを入れ、 その上におおいかぶさって、火を防ぎ、わが子の生命を守ろうとしたのであろう。 赤ちゃんの着物はすこしも焼けていなかった。小さなかわいいきれいな両手が母の乳房の一つをつかんでいた。 続きを読む