転載元 : http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssr/1549719526/ 1: ◆PL.V193blo 2019/02/09(土) 22:38:47.07 ID:qHnb6U9L0 取引先様がエドラダワー飲みながら 「こういう最高の酒を最高の女と呑みながら、最高のセックスがしたいんですよぉ……」 と仰っていたところから着想したものです。 二週間くらいで書いてますが、正味作業時間は半日くらい よろしければどうぞ 2: ◆PL.V193blo 2019/02/09(土) 22:46:55.83 ID:qHnb6U9L0 その店は、裏通りの路面店。一席分の幅に椅子四つばかりがやっと並んでいるという、狭苦しいカウンターにビニールテントがかぶせられた、今時珍しい、屋台のようなスタイルのバー。 実家で昔見たことのある、灯油の臭いのするオープンヒーターが足元をぬくめて、流れているのはスティービー・ワンダー。 3: ◆PL.V193blo 2019/02/09(土) 22:47:26.49 ID:qHnb6U9L0 「エドラダワーを」 「お飲み方は? ストレート?」 「ストレート」 「かしこまりました」 部屋着のようなスリーフ姿で、王様のレストランのような気取った仕草と、洗練された動作でサーブをこなすマスター。 僕が、彼が「今日はどのように? 甘いの? 甘くないの?」と聞く前に希望を出せばウィスキーとパターンが決まっており、僕がウィスキーを飲むときはストレートと相場は決まっている。 「どうぞ」 す……と差し出された、薫り溜まりのふくらみの付いたワンショットグラスに、加水用のキャップとスプーン。 蜜のような琥珀色のこの液体は、大粒の真珠のような甘さと裏腹に、58度の熱量を持つ。 社会人が平日から、そんなきつい酒を干していたらどうなるか、わかり切っている。 けれど、極上のシェリー樽の香りとクリームのような歯ざわりの良さが、タブーを超えさせる。 なにもストレートだけが上等なウィスキーの、最上の飲み方ってわけじゃない。けれど、こんな風に酔いたい時は、ストレートは最高なんだ。 破滅の味。まるで、日常まで毀してくれそうな。 「……少し、疲れたよ」 マスターはハンサムな顔で少し笑って、またグラスを磨き始めた。 今日はなにか、大きな問題があったわけじゃない。けれど、少し疲れてしまった。 それぞれの思惑とか、互いの人間関係とか、指示の交錯とか――目まぐるしい 繁忙の中で、そういうささらみたいなストレスがひっかかって、少し精神が荒れてたんだ。 柄でもなく、職場の中で感情を隠しもせずに怒鳴ってしまった。その時は間違っていたとは思わなかったが、今にして思えばみっともなかったようにも思う。 男なら、どんなに煩わしい思いをしたって、仕事は黙ってこなすものだ。 とくに女性の多い職場で、あんなふうにすべきじゃなかった。 「……ふう」 一息つく。マスターはグラスを磨き続けている。 その沈黙がありがたい。こんなふうに、一人で喉を焼きたい夜もある。 独り言をつぶやきながら、誰にもこたえてほしくないような夜が。 4: ◆PL.V193blo 2019/02/09(土) 22:48:27.70 ID:qHnb6U9L0 「もう一杯もらおうかな」 「はい、お飲み方は――――」 「ストレートでお願いします」 「――――おや、いらっしゃいませ」 僕じゃない、誰かが飲み方を答えた。 最後のひと口をくっと呑み込んだ瞬間に合わせたように。 おもわず、むせた。 その声で、その空気感で、こんなマニアしか知らない隠れ家に来訪した女性が誰であるのか、顔を観ずともわかった。 「ひとり?」 サーブされたエドラダワーをひと煽り。 組まずに揃えられた長い脚。上品なしぐさに、わかりきった問いをする美しい声。 「水臭いですね、プロデューサー」 彼女の白い喉を、58度の熱が通り抜けていく。 観てるワケじゃない。彼女の事は見なくてもわかるだけ。 「ひとりきりにはしないと――――それが私と貴方の約束でしょう?」 蜜のような芳醇な甘みを口に含むのは、彼女のまっすぐな問いにずっと目を伏せて、グラスの中の琥珀色を見つめている、情けない男だ。 続きを読む