転載元 : http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/14562/1398105345/ 1 :以下、名無しが深夜にお送りします 2014/04/22(火) 03:35:45 ID:Gc6LQ5QE 子供の頃、近所に魔女が住んでた。 肌はいつも蒼白で、目は暗く落ちくぼんでいて、髪はくしゃくしゃで、黒い服ばかり着ていた。 いつも何かに怯えているようにあたりを窺って、誰の邪魔もしたくないかのように道路を足早に歩いていく。 そんな女。その人は毎日決まって同じ時間、俺たちの遊び場の脇を横切っていった。 郊外の住宅地に生まれた俺と俺の遊び仲間たちは、夕方になると毎日のように公園で暇を潰していた。 暇を潰すといっても、特別することがあったわけじゃない。 その頃には既に、遊具で遊ぶような歳でもなかったし、だからといって家でゲームばかりしているのも退屈だった。 俺たちはいつの頃か空想遊びを始めるようになった。 野良犬をケルベロスに見立てて喧嘩したり、木の枝を伝説の剣に見立てて掲げあったりする遊びだ。 俺たちは自分たちの頭の中にだけ存在する物語の登場人物になりきって冒険していた。 そういう遊びがまだ楽しめる年だった。 2 :以下、名無しが深夜にお送りします 2014/04/22(火) 03:36:22 ID:Gc6LQ5QE 魔女は俺たちがジャングルジムの魔塔を踏破したり、ブランコの船で原住民の村を出たりしているときに必ず現れた。 だから俺たちは、ファンタジーの世界に身を置いたまま、彼女をファンタジーの存在として解釈していたのだ。 もちろん純朴にそう信じていたわけではない。 俺たちはジャングルジムがジャングルジムであることをちゃんと理解したうえで、それを魔塔に見立てて遊んでいただけなのだ。 その日、砂場の砂漠で俺たちが喉の渇きに苦しんでいるとき、いつものように魔女が現れた。 魔女が公園の脇を横切っていくのを見た後、俺たちの仲間のリーダー格だった男がくすりと笑った。 おい、魔女だぜ。そう言って俺たちに顔を向けた。 すると他の連中も追いかけるみたいに笑う。俺もなんだか分からないが笑ってしまった。 俺たちはそのとき死の砂漠にいるはずだったけど、本当に死の砂漠にいたら魔女の姿を見て笑えるわけがない。 だから俺たちは、そのときごっこ遊びの世界からはみ出していた。 それにもかかわらず魔女を魔女とみなしていた。 3 :以下、名無しが深夜にお送りします 2014/04/22(火) 03:37:00 ID:Gc6LQ5QE 魔女の耳には俺たちの笑い声が届いたらしく、彼女はこちらを振り返った。 俺たちの表情は凍りついた。 最初は単に反射として緊張しただけだったが、すぐに「怒られる」と思って怖くなった。 大人をからかうなと怒鳴られると思ったのだ。けれど更に次の瞬間には戸惑っていた。 魔女の表情には、怒りや羞恥よりもむしろ不安や恐怖が宿っているように見えたのだ。 恐怖。 彼女は俺たちを恐れているのだとそのときの俺は思った。そう思ってからたまらなく傷ついた。 どうして彼女が俺たちを恐れたりするんだろう? どうして恐れられなければならないのだろう? それは身勝手な感情だったけれど、そのときの俺は自分たちが一方的な被害者であるように感じたのだ。 魔女は俺たちに何も言うこともなく、まるで傷ついたみたいに、唇を噛んで瞳を震わせた後、足早に去っていった。 残された俺たちは、得体のしれない居心地の悪さと、魔女に対する恐怖、それから身勝手な怒りを感じた。 4 :以下、名無しが深夜にお送りします 2014/04/22(火) 03:37:34 ID:Gc6LQ5QE そのときの俺たちにとって、それはごっこ遊びでしかなかった。 魔女を魔女と呼んだのだって遊びの延長でしかなかった。その場において魔女は役者でしかなかった。 俺たちは、魔女が残した表情のせいで、しばらく地面に縫い付けられたまま黙り込んでいることしかできなかった。 夕陽が暮れかかり空が赤くなっていたせいか、気分はやけに不安だった。 やがて、リーダー格が不満げな声で「なんだよアイツ」と呟いた。憤りと不安がないまぜになったような声。 その声に後押しされ、仲間たちはそれぞれに苛立たしい気持ちを言葉にして吐き出した。 俺たちは自分の気持ちが落ち着かない理由を、後付けのように発見した。 ようするに、遊びに水を差されて腹を立てていたのだ、と俺たちは納得しようとした。 もちろんそれは真実ではなかったが、真実でなくともそれらしい理由さえあれば、いくらか気を紛らわすことができた。 俺たちは魔女の表情を見て落ち込んだ。不安になった。 そして、どうして自分がこんな気持ちにならなければならないんだ、と腹を立てた。 続きを読む