転載元 : http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssr/1539879114/ 1 : ◆yufVJNsZ3s 2018/10/19(金) 01:11:54.97 ID:0J++fsfw0 何事にも得手不得手というものは存在する。 運動が得意な人間がいる一方で、勉強が得意な人間がいるように、個々のちからは千差万別。そしてそれは、決して単純に数値で測れる要素にのみ顕現するわけではない。 たとえば私は感情を表情に出すことが不得意だ。そうである、らしい。そんな意識はなかったのだけれど、先日あの男に――訂正。「提督」に――言われて、私は一旦自らの歩みを止めた。 秘書艦の仕事に愛嬌は不要だ。そして、これまで提督や他の艦娘たちとの間で、コミュニケーションに困ったことはない。姉妹仲よく滅多に喧嘩せず、海軍学校での後輩関係にある鹿島や香取は慕ってくれているし、至って順風満帆である。 提督だって別段苦言を呈したわけではないのだ。あくまで雑談。日常のちょっとした一コマ。あんまり笑わないよな、とか、その程度のもの。 悩む必要なんてない、はずだった。 2 : ◆yufVJNsZ3s 2018/10/19(金) 01:13:56.25 ID:0J++fsfw0 はてと考え、なるほどあるいはと熟慮の末に、そういう可能性もあるかもしれないと至る。もし「それ」が「そう」なのだとしたら、私の背負う罪業はあまりにも大きいのではないか。 別段善良な人間を気取るつもりはない。とはいえ偽悪的なふるまいとも縁遠い。 ただ、私は私に背いたことはないという自負があった。そのように生きてきたし、これからもそうして生きていく。 海沿いの故郷が深海棲艦の襲撃によって壊滅して、WAVEへの道を決めたことも。 第一期の被検体として艦娘計画へ身を捧げたことも。 ……指輪を謹んで辞退したことも。 私はちいとも後悔したことがないのだ。 「北上さん」 北上さんはベッドの上で横になりながら、自らの顔と蛍光灯の間を遮る形で本を掲げ、けたけた笑いながら読んでいた。腕が疲れないものだろうか、と思う。 きっと彼女はおおよそ私とは違う人種なのだ。笑ったり、泣いたり、怒ったり。感情の発露の先にこそ快楽があるのだというふうに、力いっぱいに表情を変える。いまだってそう。眼尻に涙さえ浮かべて、私の存在などお構いなしに。 劣等感こそないけれど、そこには確かに羨望の情があった。そして、羨望があるということは、私は少なからずそうなりたいと思っているのだ。彼女に近づきたいと考えているのだ。 3 : ◆yufVJNsZ3s 2018/10/19(金) 01:14:32.44 ID:0J++fsfw0 全てが完璧だと思えるほど自惚れてはいない。けれど、今の自分の不足や欠点と真正面から向き合うのは、それもまた非常に勇気のいること。 それでも。あぁ、それでも、勇気の向こうにしか、一歩踏み出した果てにしか、私の望む未来が待っていないというのだとすれば。 そうすべき責任が私の背後にあるのだとすれば。 「……」 「どしたの、大井っち」 「……私って顔に出ないタイプかしら」 その質問は一体どれだけ意外だったのだろう。北上さんは目を数度しばたかせて、困ったように笑った。 「うーん。まぁ、どっちかって言えばそうじゃん?」 「そう。……そうなのね」 「どったの? なんかあった?」 「なんかあったというか、あいつが……」 「大井っち」 小さく窘められる。あぁ、そうだ。癖になってしまっている。 「提督が」 「そっか。なるほどね」 北上さんは大きく頷いて、そこでようやく本を降ろした。 ベッドの上に胡坐をかいて、こちらに向き直る。 続きを読む