転載元 : http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssr/1540132905/ 1 : ◆yufVJNsZ3s 2018/10/21(日) 23:41:46.01 ID:bm6zT/Ee0 時計が十一時になったことを知らせてきた。わたしは作業の手をふと止めて、いや、この一枚分だけは終わらせてしまおうと、A4の封筒の裏側へ筆を走らせる。 油紙をぴーっと外して、皺のよらないように、折り目のつかないように、丁寧に接着。これが自分の姉妹に当てたものであれば神経も使わないとは思うけど、生憎相手は雲の上のお偉いさん。提督の代筆であるのだから猶更適当にはできない。 諸々の確認。送り先は防衛省。宛名は深海棲艦対策部の第二技術課、特務開発室。室長の丹原様まできちんと。よし。 技術課の第二は、確か火砲や魚雷以外の艤装を扱っている。そこの特務開発だから、きっと新規で生産されたなにかについて。うちの泊地も随分とひとが増えてきたのでそれについての具申かもしれない。 そういえば、潜水艦のコたちが、今の艤装は泳ぎにくいと言っていた。それだろうか。 2 : ◆yufVJNsZ3s 2018/10/21(日) 23:43:10.94 ID:bm6zT/Ee0 「あ」 表面の左上、切手を貼るのを忘れていた。いや、違う。そういえば切手は切らしていたから、あとで出すときにコンビニで買って、余分に沢山ストックしておかないと。 郵便に出す書類が、いまの封筒も含めて四通。防衛省が二通、神祇省が一通、他の泊地への演習願いが一通。机の上の目立つところに置いておく。 立ち上がった。 まだお昼には早いけど、この時間に談話室で軽い昼食をとることに決めていた。窓際のソファに、この季節だとちょうど十一時くらいから、暖かな日差しが差し込んできて気持ちがいい。わたしは気持ちいいことが好きなのだ。 おにぎりを二つ持参して、ソファに深く腰を掛けながら、とりあえずそれは小脇に置いて……陽光がわたしの体の左側を照らす。ぽかぽかの陽気に思わずあくびが漏れてしまった。 3 : ◆yufVJNsZ3s 2018/10/21(日) 23:43:56.31 ID:bm6zT/Ee0 みんなは今頃海域の半ばくらいだろうか。少し前に、順調に進んでいるとの一報は入っていた。旗艦は青葉。少し心配だけど、心配しすぎるのは彼女に失礼なような気もした。 遠征に出ている二部隊からの連絡はまだない。定時報告は十二時のきまりだ。多摩と天龍は、駆逐艦との付き合い方も心得ているから、平気だと思う。 談話室にはわたし以外誰もいなかった。テレビが寂しそうに通信販売の番組を流している。 非番のコたちは、今日は街まで買い物に行くと言っていた。龍驤が提督からミニバンの鍵を借りていたから、きっと運転していくのだろう。わたしも免許を取ろうと考えたことはあるけど、そう話した三回とも、葛城に止められた。なぜ? 「ふぁ……」 またもあくびが漏れ出てしまう。日差しのなかでのんびりと、うつらうつらしている心地よさは何物にも代え難い。こんな日常が続けばいいと思うし、同時に、こんな日常を護るためにわたしたちは最前線で戦っているのだとも思う。 とはいえ、わたしは今はお休みの番だった。暇を出されているというよりは、時季外れの夏休みのような。 練度が最高まで達してしまったわたしには、出撃の機会は与えられないから。 続きを読む