転載元 : http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/14562/1458140934/ 1 :以下、名無しが深夜にお送りします 2016/03/17(木) 00:08:54 ID:hMzlNx62 「人生に必要なものって、なんだと思いますか?」 腕時計の針を見ると、時刻は深夜の一時を回った頃だった。 国道沿いファミレスは終夜営業。禁煙席は、十二席中三席が埋まっていた。 古本屋で一冊十円で売っていそうな文庫本を大量に持ち込んでにやにやしながら読んでいるホームレスみたいな風采の爺さんがひとり、 傷んだ茶髪、浮き出たマリオネットラインの、眉のないすっぴん女と、夏だというのにニット帽を被ったロン毛無精髭の二人組。 最後の一組は、二十代前半の男の二人組。 片方はいかにも仕事帰りというピシっとしたスーツ姿で、見てくれは爽やかだが、こんな時間にこんなファミレスに入る程度にはまともじゃない。 もう片方は見るからに冴えないフリーターという具合。 このフリーターって奴が、どう贔屓目に見ても金を持ってそうには見えないし、女にモテそうにも見えないし、 服だってセンスのあるなし以前に選んですらいない感じ、加えていえば人相もよくない。 表情の動きが鈍くて、端的に言えば目が死んでる。 そもそも人との交流自体好んでいない感じだが、 交流が嫌いだから交流しないのか、うまく交流できないから交流が嫌いになったのか、どちらなのかはっきりしたことは分からない。 ぼさぼさの前髪で目元を隠して、煙草を人差し指と中指の根本で挟み、手のひらで口元を覆うように煙草をくわえているが、 いかにも洋画のモノマネという感じのその仕草は、ガリガリなそいつの姿には似つかわしくなくて、かえって惨めなほどみっともない。 そのばかみたいなフリーターが、つまり、俺だ。 2 :以下、名無しが深夜にお送りします 2016/03/17(木) 00:09:28 ID:hMzlNx62 俺は、目の前に座っている、スーツ姿の、自分より年下で、自分より良い車に乗っていて、自分より金を持っていて、自分より綺麗な顔をしていて、 自分より目がきらきらしていて、俺のことなんか見向きもしなさそうな美人の恋人がいる、 そんな奴に真顔でむけられた、鼻で笑いたくなる質問に、煙草の煙をゆっくり吐き出してから、答える。 「愛かな」 真顔で。我ながら笑い出しそうな答えだったけど、スーツの男は少しの沈黙の後、大真面目にうんうんうなずいて、愛っすか、とばかみたいに繰り返した。 「愛だよ愛。結局は」 自分の発した言葉の空々しさに、今度こそ笑った。 スーツの男は気にした風でもなく、ついでに言うと俺の話なんか興味もないような顔で、自分の話を始めた。 「俺のなかでは、違うんですよ。愛もたしかにまあ、大事ではあるんですけど」 「愛だけではない?」 「俺のなかには、良い人生の条件って三つあるんです」 「三つ?」 3 :以下、名無しが深夜にお送りします 2016/03/17(木) 00:09:59 ID:hMzlNx62 「はい。愛と、あと仕事と……」 「仕事?」 「はい。なんていうか、仕事のやりがいっていうか……」 「それが愛と並ぶの?」 「はい」 「へえ。もうひとつは?」 「あとは金ですね」 へー、と、俺は煙草をくわえ直した。そうですか、と思った。べつに悪いって言いたいわけじゃない。むしろ羨ましいくらいだ。 人生には三つの柱が必要です。愛と仕事と金です。なんて、真顔で言える人間に、俺もなってみたいもんだ。 「訊きたいんだけど、おまえにとって愛ってなに?」 「まあ……ほら、彼女とか、ですよね」 スーツは照れくさそうに笑った。 「なるほどね」 続きを読む