転載元 : http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/14562/1466339853/ 1: HAM ◆HAM/FeZ/c2 2016/06/19(日) 21:37:33 ID:UVVe14Us 「愛していたんだっけ?」 僕がそう言うと、その女性は泣きだしてしまった。 戸惑いもあったが、僕は「やはりな」とも感じていた。 その言葉が彼女を傷つけるという予感があった。 でも、それでも、その言葉が口を突いて出てしまった。 僕は目の前の女性が誰なのか、わからない。 それは、僕がプレイボーイだからではない。 記憶を失ってしまったからだ。 目の前の女性のことも、僕自身のことも、全く覚えていない。 3: 以下、名無しが深夜にお送りします 2016/06/19(日) 21:46:35 ID:UVVe14Us 医者に見せられた鏡の中の僕は、しっくりこなかった。 少し癖のある髪も、自信がなさそうな目も、しっくりこなかった。 20歳くらいだろうか。 もう少し歳をとっているだろうか。 それすらも、よくわからなかった。 ただ、僕の意思で鏡の中の「僕」の表情が変わることを、少し気持ち悪く感じた。 手のひらを見ても、体を見下ろしても、しっくりこなかった。 中肉中背。 特徴のない、普通の体だ。 お腹に少し傷痕があるが、医者曰く、やけどの痕のようだ。 昔、やけどをして、皮膚移植をした痕。 もちろん僕には、そんな記憶はない。 傷痕を撫でてみても、まったく感傷はよぎらない。 4: 以下、名無しが深夜にお送りします 2016/06/19(日) 21:52:17 ID:UVVe14Us 僕を探しに、病室を訪れた彼女。 彼女が呼ぶ僕自身の名も、しっくりこなかった。 彼女が名乗った名前にも、聞き覚えがなかった。 小さなアパートで一緒に暮らしていたらしいが、まったく覚えがなかった。 ベランダから見る夕陽も、湧いたヤカンも、畳に敷いた布団も、頭に浮かんでこなかった。 ただ、彼女の顔には少しだけ見覚えがあった、気がした。 どこかで見たことがあるような。なんだか懐かしいような。 僅かな感覚。 でも、僕自身に関することよりは、ずっと鮮明だ。 5: 以下、名無しが深夜にお送りします 2016/06/19(日) 21:59:02 ID:UVVe14Us どうして記憶を失ったのか、医者も頭を悩ませているらしい。 新しい大きな外傷はない。 脳のスキャンについては、医者も口を濁した。 両親はいないのか、見舞いにも来ない。 僕はどうしたらいいのだろう。 「愛していたんだっけ?」 僕は、この女性を愛していたのだろうか? なぜそう思いついたのかも、わからない。 6: 以下、名無しが深夜にお送りします 2016/06/19(日) 22:09:45 ID:UVVe14Us 途方に暮れて、泣き続ける彼女を見つめる。 僕のことを知るのは、彼女一人だ。 上手く話をして、僕のことをもっと教えてもらわなければ。 そのためには、まず泣き止んでもらわなければ。 僕は記憶を失ったが、女性が一度泣き出すとなかなか泣き止まないことは覚えていた。 そういえば、名前を聞いた時、僕の名字も、彼女の名字も、彼女は言わなかった。 続きを読む