転載元 : http://wktk.open2ch.net/test/read.cgi/aimasu/1504618446/l50 1: ◆77.oQo7m9oqt 2017/09/05(火)22:34:06 ID:mMs 独自設定あり。 よろしくお願いいたします。 2: ◆77.oQo7m9oqt 2017/09/05(火)22:34:35 ID:mMs 前略 二十歳の自分へ。 もしもこの手紙が届いたなら、就職活動をどうするかで今一度しっかり悩んでくれ。 3: ◆77.oQo7m9oqt 2017/09/05(火)22:35:01 ID:mMs * もはや暦は秋、感じる風にも冷たさが含まれる時期だというのに、オフィスの中は篭った熱でイヤに暑い。開け放された窓から聞こえる行き遅れた蝉の鳴き声も今は遠く感じる。 廊下の壁の、ドヘタクソな文字で書かれた『節電』の張り紙が目についた。節約、節約、節約と、上から下へのみ終始徹底される言葉には反吐が出そうだ。 蒸し暑い通路を突っ切って、安っぽいスチール製のドアの元へ。申し訳程度に吊るされたお洒落気取りのボードには『社長室』という文字がこれまた汚く踊っている。 「失礼します」 ノックののち、入室。冷えた空気を感じて苛立ちが増した。なんのこだわりがあるのか、ウチの社長はノックをしても返事を寄越さない。ふんぞり返って座っているその姿はスタイリッシュな人物ならばさぞ絵になるのだろうが、半端に肥えたここのあるじではお察しだ。 「ああ、来たか」 「どうも。どういったご用件でしょう?」 悪趣味な内装は見渡したくもないが、鼻についた悪臭に負けてその出どころを探した。南向きの窓の下、ゴテゴテとしたデコラティブな戸棚の上に、いびつな花瓶のような形状の芳香剤。吐き気を誘うセンスのない重い甘いニオイはあそこから漏れ出ているらしい。 4: ◆77.oQo7m9oqt 2017/09/05(火)22:35:23 ID:mMs 「それ、いいだろう?」 ──あなたは良いと思ったものに汚物を見る目を向けるんですか? そう返したかったが、それは飲み込んで 「はあ」 と曖昧に応えた。 「で、どういったご用件でしょう?」 「君は相変わらずつれないねえ……。仕事人間、ワーカホリック、といった感じだ」 「どうも」 「いや、褒めてはいないよ? 熱心なのは、まあ良いことだけどね」 やたらめったらに勿体つけてぐだぐだとつまらない話を展開する老人にヘキエキする。この時間に特別手当を付けてもらえると言われたって、俺は喜んで突っぱねるだろう。 5: ◆77.oQo7m9oqt 2017/09/05(火)22:35:53 ID:mMs 「さて。実はね、今日は君に頼みたいことがあって呼んだんだよ」 「わかりました、お受けします。資料その他、いただきます。伝達の必要ある仔細はメールでパソコンに送っておいてください。では失礼します」 ズイと机上に出された青いファイルをかっさらい、一息に言い切って踵を返した。限界が近い。後ろで隠そうともしていない溜め息が聞こえたが、一切無視して振り返ることなく社長室を出た。 本当に趣味の悪い。鼻がイカレているのかとさえ思った。 白い廊下を渡りながらファイルをめくった。 ここに来てからというもの、本当に後悔ばかりだ。 短大卒で華やかな世界に関わりたくて、有名な芸能事務所の求人を片っ端から受けた。片っ端から落ちた。無名の短大卒、資格も長所もろくろく目立たない男を雇うかと言われれば、そりゃ首を横に振るのも当然というもの。 6: ◆77.oQo7m9oqt 2017/09/05(火)22:36:12 ID:mMs その時点で諦めておけばいいのに、みっともなくこだわった結果が今の零細芸能事務所だ。 父親が社長、母親が専務。その息子が部長職で俺の直属の上司。親族経営を無理くり百人規模に引き伸ばしたようなゆがんだ会社は、ちょっとびっくりするほどストレスフルだった。 「……新しいアイドルね」 ファイルの中、一番上に挟まっていたのは履歴書だった。この子のプロデュースをしろということだろう。俺は以前担当していた子たちが引退し、今は身体が空いている。 『白菊 ほたる』。綺麗な名前だなと思った。 それから、どこかで聞いたような、とも。 入社からはなんだかんだと十年以上が経ち、ガキだった頃の夢からは覚めて、大人になった今の俺は手についた職を捨てられない。 この小さな安普請の箱庭では、暴君一家に逆らう術はない。逆らえないなら、さっさと流された方が精神衛生上よろしい。……その結果ある程度の業績を残してしまい、仕事人間だと社長一家に気に入られたのは最悪だったが。 この子は上手く生きられるだろうか。 続きを読む