転載元 : http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1525442847/ 1: ◆ikbHUwR.fw 2018/05/04(金) 23:07:27.35 ID:GasL4mJG0 モバマスSSです。 2: ◆ikbHUwR.fw 2018/05/04(金) 23:08:44.73 ID:GasL4mJG0 01. 「本日の出演者の白菊です……。みなさん、よろしくお願いします……」 スタジオでは、テレビ局のスタッフと思わしき人々があわただしく行き交っていた。私が口にした挨拶に反応はない。喧噪にかき消されて、誰の耳にも届かなかったのかもしれない。 邪魔にならないよう隅のほうに移動し、こそこそと辺りを見回す。 今から収録する番組には、同じ事務所に所属しているアイドルといっしょに出演する予定で、彼女とは現地で合流する手はずとなっていた。だけど、その姿が見当たらない。 時計を見ると、収録が開始される予定時刻の15分前だった。まだ来ていないのか、あるいは、別の場所で待機しているのかもしれない。 しかし、それから20分経っても、30分経っても、一向に同僚のアイドルは現れず、収録が始まる気配もなかった。 「おーい、そこの……アンタ! 今日はもう帰っていいよ」 突然スタッフのひとりからそう言われ、びくりと体が震えた。 「わ、私ですか?」 「そう、お疲れさん! おいAD、番組のプロデューサーとクソ事務所のプロデューサー呼んで! 会議するぞ!」 スタッフはイライラした様子でどこかに歩き去っていった。 状況はよくわからないけど、どうやら収録は中止になったらしい。スタジオからは波が引くように人が消えていき、すぐに私ひとりだけが残された。 「あの……すみませんでした」 誰もいなくなったスタジオに頭を下げて、そこをあとにする。自分のことながら、誰に、なにを謝っているんだろうと思った。 建物の外に出ると、空はどんよりと曇っていて、少し肌寒かった。雨は降っていないけど、いつ降りだしてもおかしくない。降ると思っておいたほうがいいだろう。 とぼとぼと駅に向かって歩き出す。赤信号に捕まっているあいだにいちど振り返って、出てきたばかりのビルを眺めた。 ……せっかくの、テレビのお仕事だったのにな。 3: ◆ikbHUwR.fw 2018/05/04(金) 23:10:04.99 ID:GasL4mJG0 今日撮るはずだった番組のメインは、私の同僚アイドルだった。私はいてもいなくても変わらないオマケのような役柄で、もしちゃんと収録が行われたとしても、トータルで5分映っているかも怪しいといったところだろう。 それでも、テレビに出たという実績があれば今後仕事を取りやすくなる、とプロデューサーさんが言っていた。実績、芸能事務所に籍をおいてはいても、私にはそれがない。 ……そうだ、連絡しなきゃ。 携帯電話を取り出し、事務所に電話をかける。 はい、と事務員の女性の、機械のような声が応答した。 「もしもし、白菊です。お疲れさまです」 《お疲れさまです》 「あの、収録現場に行ったんですが……中止になったみたいで……」 《……ええ、存じてます》 少し前にテレビ局からクレームの電話が入ったらしく、収録中止の件はすでに事務所に伝わっていた。 そもそも中止になった理由が、私と共に出演する予定だった所属アイドルが急なキャンセルをしたためだったそうだ。 腹が立たなかったと言えば嘘になる。だけど、私は文句を言える立場にはなかった。 共演予定だったその人は、事務所で唯一の『売れているアイドル』というもので、うちの事務所は実質的にその人がひとりで全職員を養っているような状況だった。 だから彼女はどんなワガママも許されたし、誰も苦言を呈することはできなかった。ほとんどまともにお仕事をこなしたこともない私とは、比較するまでもない。 「そう、ですか……私は、どうしたらいいですか?」 《白菊さんは、もう事務所には来なくてけっこうです》 事務員さんが明日の天気を告げるみたいに言った。 事務所には立ち寄らず直帰していい、というだけの意味ではなく、なにか含みを感じる響きだった。 「あの、それは……どういう……?」 《それから、近日中に寮からも退去していただきます》 クビを言い渡されているのだということに、やっと気付く。頭の中が真っ白になった。 「待ってください! どうして!」 《どうしても、白菊さんとは共演したくなかったそうです》 今日の仕事をキャンセルしたアイドルのことだろう。 《局からは、今後うちの事務所に仕事を依頼することはないと言われました》 「そんなの……」 私のせいじゃないと言いたかった。勝手にキャンセルしたのはその人で、そんなの私の落ち度じゃない、と。 《白菊さんもご存知の通り、最近のうちの経営は順調とはいえません。今回だけの話ではありません、他にも大きな仕事が流れました。……白菊さんが所属してから》 それだって、私が関わっているものはない。 だけど私も、事務所の職員もみんな知っていた。直接関与していなくても、私が『そういうこと』を呼び寄せているのだと。 私は電話を耳に押し当てたまま固まっていた。電話の向こうの事務員さんも、なにも言わずに黙っていた。 しばしの沈黙のあと、ごうっとノイズのような音が耳に届く。電話の向こうで事務員さんが吐いた息が、受話器のマイクに当たって起こした音のようだった。 《あなたさえいなければ》 そう言い残して、通話が切れた。ツーツーという電子音を聞きながら、私はしばらくその場に立ち尽くしていた。 4: ◆ikbHUwR.fw 2018/05/04(金) 23:11:04.22 ID:GasL4mJG0 * 幼いころから、人並外れて運が悪かった。 歩けば転び、走れば更に転び、階段があればいつも転げ落ちた。足場はよく崩れたし、なにもないところでは空からなにかが降ってきて、子供のころはいつも生傷が絶えなかった。 物心ついたころにはすでにそうだったため、私はしばらくのあいだ、それが異常なことだとは思っていなかった。 気付いたのはある時期から、同年代の他の子供たちに避けられるようになってからだ。 「ほたるちゃんの近くにいるといやなことが起こる」 なんの悪意も込められていない、文字通りの無邪気な言葉だった。 改めて周りを見回してみる。他の人たちは私と比べて、そんなにケガをしていなかった。 私以外の人間にとって、この世界では、犬は誰にでも吠えているわけではなく、鳥は人を狙ってフンを落としてはおらず、雨の日のドライバーは歩行者に水を浴びせることに生きがいを見出しているわけでもないらしい。 じゃあどうして、私だけが? 答えはやはり子供たちが教えてくれた。「ちかよるな、不幸がうつる」と。 ひそかに抱いていた数々の疑問が、そのひとことで氷解した。 ああそうか、私は『不幸』なんだ。 続きを読む