転載元 : http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1526249038/ 1 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/05/14(月) 07:03:58.70 ID:EbPORQ6r0 -Day After Day- ――夢が、あったんです。 きっと届くと信じていました。 手を伸ばせば、つかめるはずだと思っていました。 ――努力をしたんです。 お金をかき集めて、故郷を飛び出して。 実家よりもずっとボロボロのアパートに住んでいました。 家賃以外は不満しかない部屋だったけれど、それでよかったんです。 夢を叶えて、すぐに出ていくんだから。これでいいんだって。 ――たくさん、努力をしたんです。 仕事とレッスンで毎日が充実していました。 楽しかった。デビューを約束し合った仲間もいたんですよ。 最高に輝いていると思ってました。精一杯に生きていると充実していました。 ――たくさん、たくさん、努力をしたんです。 そうして、何年かが過ぎました。夢はまだつかめてなくて。 走っても走っても、届かない気がしました。初めて、夢が……遠いなって。 心が迷いました。それでもくじけなかったです。 いらないものを捨てました。欲しいものを諦めました。 前だけを見据えて、夢だけを真っ直ぐに見つめて、走り続けたんです。 ――たくさん、たくさん、たくさん、努力をしたんです。 時間だけが過ぎていきました。必死に伸ばした指先は、なににも届かなくて。 一緒に頑張ろうと励まし合ってきた仲間は、いつの間にかいなくなっていて。 すぐに出ていくつもりだった部屋の空気が、気づいたら実家よりも身体に馴染んでたんです。 ――人は、誰かになれる。 昔の言葉です。大好きな言葉だったんです。 初めて聞いた時は、心が踊ったのを覚えてます。 あの頃は、無限の可能性が私にはあるんだって、根拠もなく信じる純粋さがあったのに。 ――ねえ、見てください。私の手。 洗剤で荒れた、冷たい指でしょう。最後にネイルサロンに行ったのが、もう何年前かも思い出せなくて。 身体に無理が効かなくなって、レッスンはやめました。それで浮いたお金で、ようやく貯金を始めたんです。 毎月、少しずつ残高が増えていきました。このまえ確認したら、故郷を飛び出して以来の、まとまった額になっていたんですよ。 嬉しかったなあ。日々の節制が大きく実った証でしたから。わくわくして、何をしようかと考えて、それで。それで……。 ――アイドルになりたかったんだって、思い出しました。 2 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2018/05/14(月) 07:05:27.93 ID:EbPORQ6r0 どうして、忘れていたんでしょうね。そのために私はここにいるというのに。 どうして、思い出しちゃったんでしょうね。もう届かないとわかっているのに。 夢が、あったんです。希望が、あったんです。 そのために努力をした自分がいました。無茶を通した自分がいました。 覚えています。可能性があったことを。誰かになれると信じた私がいたことを。 ――でも、いまは? 自分に問いかけて、びっくりしました。預金通帳を取り落としました。 努力はしたんです。したはずなんです。頑張ったはずだったんです。 振り返るまでもなくわかっています。走り続けてきたって。何もかも置き去りにしてきたって。 友達も、仲間も、両親も、故郷も、青春も、恋も、ぜんぶ切り捨てたんですから。 夢のために。夢のために。夢のために……っ! 追いすがるのに邪魔なものは、捨ててしまいました。 だからもう何もなかったんです。私の人生には。 あるのは、慎ましい金額ばかりの通帳と、歩くだけで軋むボロアパート。 そして、誰かになれると信じて、誰にもなれなかった、私だけ。 気づいたときには、もう遅かった。 後戻りはできず、前に進むこともできない。 すでに道はなく、光もなく、夢すらない。 希望は擦り切れて、感情は色褪せて、涙は枯れ果てて。 生きているのかも、死んでいるのかも、わからないまま。 ただ時間だけが過ぎていきました。心だけが、渇いていきました。 ――灰の中を這いずり回るような、そんな日々です。 いまは、なりたかったものの真似事をして、食いつないでいます。 どれだけ滑稽でも、無様でも、構いません。 これは下積みなのだと自分に言い聞かせているから、平気です。 だって、下積みって辛いものじゃないですか。辛いとわかっているから、へっちゃらなんですよ。 辛いのは、下積みであって……誰にもなれなかった、私の人生じゃないんですから。 続きを読む