転載元 : http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1493641193/ 1: ◆Z5wk4/jklI 2017/05/01(月) 21:19:54.05 ID:z+wGLY660 長くなります。 日野茜と荒木比奈の話を主に書きます。 2: ◆Z5wk4/jklI 2017/05/01(月) 21:22:35.29 ID:z+wGLY660 少年の目のまえに立ち、少女が言う。 「わたしね、大きくなったらアイドルになるの! 世界でいちばんのアイドル!」 少女は一点の曇りもない笑顔だった。――笑顔であるはずだと、少年は思った。少年からはどういうわけか、その少女の顔がぼやけて見えない。 「それでね、あなたはわたしの、プロデューサーになるんだよ!」 「プロデューサーって、なに?」 少年は尋ねる。問われたほうの少女はきょとんと目を丸くして、それから怒ったようにぷくっと頬を膨らませた。 「そんなの、決まってるでしょ! わたしをプロデュースするひと!」 少年は困惑する。 「プロデュース、って……なにするの?」 「えっ?」今度は少女のほうが、困ったような顔をした。「……わかんない……でも、プロデュース、してくれる?」 「ええと……うん、わかった、プロデュース、する」 少年はよくわからないまま頷いた。それで少女が喜んでくれるなら、それでいいと思った。 少年の答えに、少女はぱっと笑顔を咲かせた。 「やくそくだよ! よろしくね、プロデューサー!」 「うん、よろしく!」 少年はそう答えた。答えながら、少年はずっと、その少女の顔を思い出そうとしていた。 3: ◆Z5wk4/jklI 2017/05/01(月) 21:23:05.53 ID:z+wGLY660 ------------------ 「……い、おい、寝るな、起きろ、おい」 ――耳元でささやくような声がする。 「んがっ……」 口元から無意識の声が漏れたのと同時に、俺は現実に引き戻された。はっとして顔をあげる。まわりの何人かがこちらをとがめるような目で見て、すぐに視線を外した。 横にはあきれ顔の同僚の顔があった。片手で『悪い』と礼をして、俺は形だけ姿勢を正す。どうも、会社の会議中に居眠りをしてしまっていたらしい。 照明が落とされ、暗くなった会議室。前方のスクリーンには、今期の社の収益や今後の方針を説明するプレゼンテーション資料が映されている。 美城プロダクション、アイドル事業部。それが俺の所属する会社と部署の名前だ。多数の芸能人を抱える、日本でも有数の芸能プロダクション。 中でもアイドル事業部は、いまもっとも業績を伸ばしている花形部署だった。百名を超えるアイドルが所属し、いまもなお拡大中。業績も年々、それはもう経営陣の笑いが止まらないほどにめざましく成長し続けている。――俺の頑張りなんか、なくても影響がないくらいに。 「以上のように、アイドル事業部としては今後も、新人アイドルの発掘と、プロデュース、イベントの開催に力を注いでいく方針であり――」 耳の端っこで発表者の話を聞きながら、手元の会議資料をぱらぱらとめくり、居眠りして聞き逃した箇所を追いかけるふりをする。会議なんてものは、出席したという実績さえあればいい。 俺の立場は『アシスタントプロデューサー』だ。大仰な名前がついているが、要は敏腕な先輩プロデューサーの御用聞きをしていれば、一定の給料が約束される立場。部署の方針を聞いていてもいなくても、俺の仕事にほとんど影響はない。 「それでは、方針は以上、最後に諸連絡だ。病気休暇の者が出た関係で、一部人事を臨時に変更する。過労だそうだ。まったく、上層部が休めといくら言っても働き続けてこのざまだ、仕事好きなのは結構なことだが、倒れられて責任を取る立場にもなってもらいたい。――各自、休暇は適切に取得するように」 上司の愚痴を聞きながら、俺は資料を閉じた。 眼前に表示された、変更された人事のリストを見る。 「――は」 思わず、声が漏れた。 過労で病欠になったのは俺の先輩である敏腕プロデューサーで、その穴を臨時に埋めるプロデューサーの欄には、俺の名前がしっかりと書かれていた。 4: ◆Z5wk4/jklI 2017/05/01(月) 21:26:16.63 ID:z+wGLY660 -------------- 「急なことで落ち着かないとは思うが、君にとってはまたとない成長のチャンスだ、がんばってくれよ」 会議が終わり、撤収作業でにわかに騒がしくなっている会議室の中で、壮年の先輩社員が穏やかな顔で、激励代わりに俺の肩を叩いた。 「頑張ってください、プロデューサーさん」 その横にいる、グリーンのスーツがトレードマークの女性事務員、千川ちひろさんがにっこりと笑い、ドリンクを差し出してくる。 俺はドリンクを受け取りながら「はあ」とあいまいな返事をした。 ちひろさんの笑顔は男性社員に人気があるが、ドリンクの差し入れは賛否両論だ。 気づかいは嬉しいが、一方でもっと働け、稼げと言われているような気分になるからだというのがその理由である。 二人は会議参加者の退室がほぼ終わったことを確認すると、会議室から出ていった。 「俺が、プロデューサー」 声に出しても、まだ現実味が感じられなかった。 プロデューサーなんて仕事をするつもりなんてなかった。 このままアシスタントプロデューサーという立場で、先輩の指示をこなすだけの適当な仕事をして稼げればよかった。 責任ある立場に昇格て変に仕事が忙しくなるようなら、適当なところで退職して実家に帰ろうと思っていた。 両親は俺に家業の酒屋を継がせたがっている。 個人商店とはいえその地域の需要を一手に担う酒屋だ。 いまの仕事のような華はないが、生活の安定は保証されている。 数年の都会暮らしで、上京の頃に持っていた都会へのあこがれも消え失せた。 両親の希望にも合致している。適当に、気楽に稼いで地元へ戻る。それが俺のライフプランだった。 だから、こんなに急にプロデューサーになるなんてことは、まったくの想定外だ。 もしめんどくさそうな人事の打診や内示があれば、その時点で断って地元に帰ろうと思っていたのに。 今日このときからプロデューサーでは、辞める準備すらできない。 「妙なことになっちゃったな」 誰もいなくなった会議室でそう口に出して、溜息をついた。 それから、プロデューサー、という言葉をもう一度頭の中で反芻する。 ――そのとき。脳裏に、ほんの短い間、記憶の底にしまい込んだ映像が浮き上がった気がした。 さっき、居眠りのあいだに夢に見た、少女の映像。 『プロデュース、してくれる?』 「……はあ」 もうひとつ、わざと大きく溜息をついて、俺はその記憶にふたをする。 それから会議室の照明を落とすと、資料をまとめて会議室を後にした。 続きを読む