転載元 : http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1521029010/ 1: ◆Z5wk4/jklI 2018/03/14(水) 21:03:30.57 ID:qz7AKUAJ0 小説を書きます 2: ◆Z5wk4/jklI 2018/03/14(水) 21:05:04.92 ID:qz7AKUAJ0 舞台には神が棲んでいる。 神と言っても、由緒があるとか、ご利益があるとか、そういうことではない。舞台には、そこでしか観ることのできない、人知を超越した特別な何かがある、ということ。 だから、テレビやネットでいくらでもお芝居を観ることができる時代であっても、人々は生の舞台を求める。演劇に、ライブに、儀式に。 舞台の神には、そうそう会えるものではない。何もかもを捧げないと会うことはできない。 私も、会えるとは思っていなかった。 佐々木千枝というアイドルに出会うまでは。 「あの……プロデューサーさんに、伝えておきたいことがあって」 私が担当しているアイドル、佐々木千枝は、電話の向こうでそう言った。 声にはやや緊張を帯びているようだった。あとの言葉がすぐに続いてこない。 珍しい、と私は思う。 「どうしたの?」 「その……」千枝は電話の向こうで口ごもる。「この前、二十歳の誕生日の前後のお仕事を少なくしてください、ってお願いしたと思うんですけど……」 「ああ、どこかうまいくいかないところがあった?」 千枝の成人の誕生日である六月七日の前後は、一生に一度の成人の祝いの予定を入れやすいように、前々からスケジュールを調整してある。 「そうじゃなくて、予定の……ご連絡で」 「わかった、ちょっと待ってね」 私はデスクの手帳を取る。千枝のプライベートの予定は報告してもらっている。今や押しも押されもせぬトップアイドルである彼女も、普段はひとりの女の子だ。いくら同性とはいえ、プライベートまですべてプロデューサーである私に筒抜けというのはあまり気分が良くないだろう。けれど、何かあったときにすぐにフォローに回るためにはやむを得ない。 「大丈夫。いつ?」 「ええと……まだ、日程はこれからなんですけど、その……相手が」 千枝はそこでまたすこし詰まった。それから、小さな声で一人の男性の名前を挙げた。 私もよく知っている人物で、千枝の元プロデューサー。千枝が以前に所属、活動していたユニット『ブルーナポレオン』を担当していた男の名前だった。 いろいろあって、今は社を離れている人物である。 千枝はずっと、その元プロデューサーに想いを寄せていた。 「……二人で会うつもり?」 「はい」 千枝の声は落ち着いていた。静かだけれど、確かな意思が感じられる。 「……そう」 前に千枝から一度聴かせてもらったことがあった。 千枝は元プロデューサーのことが、最初に憧れてから今もずっと好きだということ。 けれど、元プロデューサーは、同じ「ブルーナポレオン」のメンバーだった、荒木比奈と結ばれるであろうということ。 それでも、千枝自身が先に進むために、たとえ成就しなくても、元プロデューサーに想いを伝えたいと願っていること。 私は手帳に視線を落とし、空いているほうの手でページをめくる。 目を細めた。鼓動がほんのすこし、早くなる。 ついに、この日が来たと思った。 同時に、来てしまった、と思った。 「彼に、伝えるの? 千枝の気持ちを」 「はい」千枝の声は凛としていたけれど、すこしだけ震えている。「桃華ちゃんに協力してもらって、人に見られたり、怪しまれたりしないようにします」 「……芸能人として一番いい時期だから、心配は心配よ」 これは本当の気持ちだ。 「正直に言って、本当は止めたい」 これは半分が本当で、半分は嘘。 「でも……私も、千枝がずっと抱いてる想いは知ってる」 これは本当。だけど、意味は逆。 できるだけ、冷静な声になるよう努めた。真意を隠すために。 「だから、マスコミに抜かれるようなことだけは避けて。できる限り協力するから」 そう。協力する。それがプロデュースになるから。 そのために、私は千枝が、何年も何年も胸の中で暖めていた想いを、利用しようと思っていた。 「うん、ありがとう……それじゃあ」 千枝は、そう言って電話を切った。 電話を置いて、深く、深く溜息をついた。 手帳を見る。佐々木千枝には、七月後半から舞台の仕事が入っている。 同じ美城プロダクションのアイドル、龍崎薫とダブルキャストで主演女優を務める舞台だった。 大きな仕事だ。おそらく、この舞台は、女優としての佐々木千枝の今後を占う。 私はその舞台で、佐々木千枝をいけにえに捧げようと思っている。 3: ◆Z5wk4/jklI 2018/03/14(水) 21:06:13.33 ID:qz7AKUAJ0 ---------- 「……だから、私は……あなたと……」 自室で台本を通読して頭に入れながら、私の担当する役のセリフを読み込んでいく。 一時間ほどそれを続けて、私は台本を閉じて、ひとつ息をついた。 台本の表紙を見る。頭の中にプロデューサーさんの顔が浮かんだ。 プロデューサーさんが取ってきてくれた、大きなお仕事。私の成人後初めての、舞台のお仕事だった。 「あのときのプロデューサーさん、嬉しそうだったな」 私は思い出して、思わず顔がほころんだ。 「千枝! すごい仕事が取れたの!」 プロデューサーさんは目をキラキラさせて、私にそう教えてくれた。 私の今のプロデューサーさんは、どちらかといえば落ち着いている印象で、いつもスマートに仕事をしている大人の女の人、というイメージだった。 プロデューサーになる前は、女優を目指していたと聞いたことがある。だけど、あるとき限界を感じて、それからは未来の女優を育てることに専念している。今の夢は、トップ女優を自分の手でプロデュースすることらしい。 だから、その日のプロデューサーさんは、なんだか夢見る少女みたいで、私は驚いたし、ほほえましかった。 「舞台なんだけどね、監督も脚本もすっごいんだから、ほら!」 企画書を見せてくれる。 「この舞台を成功させたら、千枝はもっと高いところに行けるわ!」 プロデューサーさんは、そう言って熱っぽい目で私を見つめた。 その目を見て、私は素直に、がんばろうと思った。 きっと、プロデューサーさんの期待に応えようと。 誰かの夢のために頑張るのは、とても嬉しくて、素敵なことだと思うから。 「……ここ、難しいな……」 物語の終盤の盛り上がりのシーンに差し掛かって、私はううん、と唸った。 「……『どうして! どうしてお兄ちゃんを、奪ったの!』……ううん……」 ヒロインが悪役に対して憎悪をむき出しにするシーンだった。クライマックスに向かうために重要なセリフで、きちんと表現できるかどうかが舞台全体の評価にダイレクトにつながってしまう。 「……憎い、憎しみ……」 私は心の引き出しをひとつずつ開けてみる。 演じるのにはいろんなやり方があるけれど、普段抱くことのないような気持ちは演じるのが難しい。 その場面を想像して。その登場人物が乗り移ったつもりで。気持ちを高めてみる。 けれど、なったことのない気持ちになるのは、これ以上なく難しい。 「……許せないっていうくらい憎く感じることなんて、これまでなかったなぁ……」 それは、とても人に恵まれた、幸せな人生だからこそとわかってはいるけれど。 私は台本をベッドに置いて、ひと息つくことにした。 「薫ちゃんは、どんな風に演じるんだろう? 聞いてみようかな」 言いながら、携帯電話を操作する……けれど、その手はSNSではなくて、スケジュールアプリを開いていた。 無理を言って約束を取り付けた、憧れの元プロデューサーさんとの二人きりのお誕生会まで、あと一カ月と半分くらい。 「……楽しみだなぁ。えへへ」 口元が緩んじゃう。憧れの人と会えるのは、すごく楽しみ。 でも、その反対側ではやっぱりどこか、怖いような気持ちもあって。 きっと、あの人は私が気持ちを伝えても、私を受け入れてはくれないだろう。それも何度も何度も頭の中で覚悟をしたつもりだった。 それなのに、頭のどこかには、ほんの少しだけ、もしも私を選んでもらえたら、という期待の気持ちが残ってる。 きっと、それが想うっていうことなんだろうけど。 私は胸の中の複雑な気持ちを愛おしく思いながら、スケジュールアプリを閉じて、薫ちゃんへの相談のメッセージを綴り始めた。 続きを読む