転載元 : http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/14562/1402912149/ 1 : ◆M7hSLIKnTI 2014/06/16(月) 18:49:09 ID:WhTnGlUY 「──ずっと昨日を繰り返させてくれ!」 俺は夜空に向かって叫ぶように言った。 直後、僅かに明るく照らされていた住宅街がまた暗闇に落ちてゆく。 言えた、間違いなく。 先の言葉の最初から最後まで、ちゃんと流れ星が現れてから消える間に声にする事ができたはず。 下らないおまじないには違いない。 もちろん心からその願いが叶うなんて思ってもいない。 迷信なんて人並み程度にしかアテにしない自分が、なぜ星に願うなんてメルヘンな行為を演じたか。 それは小一時間ほど前にスマホで流し読みしていたつまらない創作話のせいだ。 2 : ◆M7hSLIKnTI 2014/06/16(月) 18:51:39 ID:WhTnGlUY 素人が匿名の掲示板に書き捨てる、他愛もない落書き。 系統は様々だが総じて『SS』と呼ばれる、お世辞にも文学とは呼べない趣味の産物を寄せ集めたサイトが存在する。 時々暇つぶし程度に眺めるそこで、今夜自分が開いてみたのは『星に願いを』というタイトルのSF崩れの話。 想い人と幸せな一日を過ごした男が帰り道で大きな流れ星に「ずっと今日が続きますように」なんて言葉足らずな願いをかけて、それがその意味通りに叶ってしまう。 結果、その日と同じ日付で同じ事を繰り返す時間のループに陥り、それを脱出しようと足掻く…という内容だった。 所詮は素人の創作、文章も内容も大したものではないが、まあ寝る前三十分ほどの時間潰し、金を払った訳でも無いし損をしたとまでは思わなかった。 そして大して面白くは無くとも、読み終えればやはり少々の妄想には耽る。 そんなおまじないが本当にあるとしたら、自分ならどう願うか。 俺はごく一般的な会社員だ。 学生という設定だったその話の主人公とは違い、希望に満ちた未来が控えているわけでもなく、今現在は想い人がいるわけでもない。 だから必ず来て欲しい明日など無い。 しかし今日は月曜日、朝どれだけ憂鬱だったかを思えば繰り返すなどごめん被る。 だから同じ一日を繰り返すとしたら給料日後で財布も潤っていた休日、つまり昨日の日曜日の方が良いと思った。 3 : ◆M7hSLIKnTI 2014/06/16(月) 18:52:23 ID:WhTnGlUY もちろん過去を洗い出せばもっと幸せな一日はあったと思う。 だけどその日付も覚えてはいないし、そういう強い印象に残る一日が何度も繰り返したい日であるとは限らない。 それならむしろ、なんでもできる何も特別な事が無かった休日の方が相応しいのではないか。 そんな馬鹿げた獲れるはずのない狸の皮算用を頭に巡らせながら、俺は開けた窓辺に座り込んで缶ビールをあおっていた。 期待など微塵もしていないつもりで、ぼうっと夜空を眺めて。 その視界の右端、出来過ぎのタイミングで現れたそれは数秒をかけて濃紺の夜空を横切ったんだ。 4 : ◆M7hSLIKnTI 2014/06/16(月) 18:52:54 ID:WhTnGlUY 見た事も無い、巨大な流れ星。 特に言葉を練っていたわけでもない、なのに冒頭の願いは口をついて出た。 昔から願掛けでよく言われるのは『願いを三度』唱える事だ。 でも言えたのはたった一度、まさにあの話の通りならそれでも叶うはずだが。 「星に願いを…か、アホくさ」 大真面目にそんな考えを巡らせる事が急に馬鹿らしくなる。 何を期待してるんだ、俺は。 もう二十代も半ばのいい大人だというのに。 三分の一ほど残ったビールを一気にあおって、そのアルミ缶を握り潰す。 立ち上がり洗面所へと向かう途中、一度だけ窓辺を振り返った事に深い意味は無い。 続きを読む