転載元 : http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1510565388/ 1 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/11/13(月) 18:29:48.80 ID:AW4FyFFm0 "流天"はここにはなかったのか。 どうやら俺も潮時らしい。 この事務所には退職願のフォーマットが用意されているので大変助かる。 手書きと三つ折りを強要する旧態依然の会社は今すぐ滅びなくてはならない。 俺はワードファイルを一通り見返して、間違いがないことを確認した上で、 印刷ボタンを、 「プロデューサーさんっ! 今日こそご指導願いますっ!」 押さなかった。 ばんっと開かれたドアを背に、中野有香が泰然と立ち尽くしていた。 彼女は俺の担当アイドルで、俺のただ一つの心残りだった。 2 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/11/13(月) 18:31:17.61 ID:AW4FyFFm0 俺つえーというジャンルは世に溢れている。 ザ・デストロイと呼ばれるお兄様や、どんな強敵もワンパンチで屠る禿頭などその例は挙げればきりがない。 しかし現実には魔法は存在しないし、いかな格闘技をもってしても大人数に囲まれればそれまでだ。 結局それらはフィクション限定の机上の存在でしかない。 柔道相撲合気道、カポエラムエタイ太極拳、そして空手に至るまで。 この世に格闘技は数あれど、実戦の色をそのままに残しているものはあまりにも少ない。 そのほとんどはスポーツや興業を目的とした表層だけに骨抜きされていて、単なる会社員のストレス発散の場と化している。 自然、新たな達人が排出されることもなく、新たな俺つえーが世に出ることもない。 現代の宮本武蔵はもちろん、塩田剛三も独孤求敗もこの先現れずに終わるだろう。 とどのつまり、もはや武を極めるなど時代遅れなのである。 「でも、早苗さんが言ってました!」 "早苗さん"とは片桐早苗のことである。彼女は武道全般に覚えがある。 「プロデューサー君は、かなり"使う"わねって……」 困った。 余計なことを。 中野有香を前に、その発言は地雷でしかない。 3 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/11/13(月) 18:34:17.76 ID:AW4FyFFm0 中野有香はカワイイを求めている。アイドルをしているのもそのためだ。 同時に中野有香は強さを求めている。空手を学んでいるのもそのためだ。 最近はようやくカワイイにベクトルが向いてくれたと思っていたのだが、強さを追求することも忘れてはいないらしい。 走り込みや鍛錬も欠かさず続けているし、正座でもって小一時間黙想する姿を見たこともある。 なんと腹筋も六つに割れているとの噂だ。俺は見せてもらったことがない。ぜひ見たい。 要するに彼女は強さに敏感で、いつでも強くあろうと努力している。 そんな彼女の隣にいる男が結構な"使い手"だと知ったらどんな行動にでるか。察するにあまりある。 だからこそ俺は今まで自分の出自をひた隠しにしてきたし、隠したままとんずらを決め込んでいた。 こうなることは火を見るより明らかだから。 そのままカワイイだけを追い続けてくれてたら、俺も気持ちよく引き継ぎできたのに。 アイドルに強さはそれほど必要ないのではと思う。なんとかカワイイ方面で行ってほしい。 彼女があさっての方向を向いたまま辞めなくてはならないのが、最後の心残りではある。 辞めなきゃいいじゃん。そうかもしれない。 しかし、このままでは彼女たちを、なにより有香の身を危険に晒すことになる。 その前に俺自身が身を引いて、なすべきことをなさねばならないのだ。 結局、ここも俺の居場所ではなかったということなのだろう。 もう何年もプロデューサーをしてきて、有香もそれなりに有名になり、 アイドルとしての地位も確立した。先に話したこと以外に未練はない、はず。 「お願いします! 少しだけでいいんです!」 とはいえ俺も一人の人間であり、今はまだ彼女のプロデューサーでもある。 だからこんな顔されたら。 ちょっと。 断りにくい。 続きを読む