転載元 : http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1484839337/ 1: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/01/20(金) 00:22:17.84 ID:b4qt7MSMo 気が付くと、そこはいつもの観覧車乗り場だった。 私の目の前で、色とりどりのゴンドラが音もなくゆっくりと右からやってきては左に動いていく。 もやついていた視界がだんだん晴れてくる。私は顔ごと上を見上げた。 大きな大きな観覧車が、静かに確かにそびえ立っていた。 一体何本あるのかもわからない、綺麗に組まれた白と赤のスポーク。自転車のタイヤのようなそれは、近づいて見ている分には動いているのを感じさせないくらい、ゆっくりゆっくりと回っている。 右から赤いゴンドラがやってきて、私の前ですっと止まった。 私の番がやってきたのだ。もう何度乗ったか知れないのに、観覧車に乗る前のこのドキドキというものは、いつまでも薄れることなく胸を高揚させてくれる。 きぃ、と開いた大きなガラス張りの扉。まだ静止せずにちょっとだけゆらついているゴンドラに乗り込み、赤いシートに腰掛けた。 クッションがちょっと硬めのシート。昔から変わらないこの感じが、とてつもなく懐かしい。 ゴンドラの中には、ほんのり甘いにおいが漂っていた。これは……キャラメルシュガーの香り。きっと前に乗った子供が持ち込んだポップコーンか何かの匂いだろう。今私が乗ろうとしたときは、誰も降りてこなかったけれど。 この観覧車のゴンドラは、いつだって甘い匂いがしていた。 閉まる扉の外で、発車のベルがじりじりと鳴る。そっと胸に手を当て、扉とは反対側の窓の外を眺める。 ゴンドラの天井部から、オルゴール調のメロディがかかる。 音色は綺麗なのに、どこか曇っていて古っぽくなっている音。これがこの観覧車が動き出した合図だ。外の景色もゆっくりと動いていく。 2: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/01/20(金) 00:24:15.73 ID:b4qt7MSMo もう何度目になるだろうか、この観覧車に乗る夢は。 これはきっと、私の子供の頃の記憶から作られたタイプの夢。普段はまったく思い出すことすらないのに、この夢を見たときだけ記憶の引き出しから取り出すことができる。 今よりもっと子供の頃……初めて観覧車に乗った時のこと。 いったい何歳のときだったか。幼稚園だったか小学生だったか、それすらも思い出せないけれどそれくらいの時。家族だったか親戚だったかに連れられ、私は大きな観覧車のある遊園地に来た。 絵本で読んだのと同じ、大きな大きな観覧車。遊園地に到着するだいぶ前からもう見えていた、赤と白の巨大な輪。幼い私の憧れだったもの。 そのときのことが私の心に深く沁みついていて、こうしてときたま夢の中で不定期に咲いてくるのだろう。 初めて乗ったそれ以来から一度も乗っていないから、もしかしたらこの夢の景色は、実物とは全く違っているのかもしれない。記憶の断片を寄せ集めて勝手に作り上げた、本物とは似ても似つかない代物なのかもしれない。三拍子の音楽も、本当は鳴っていないのかもしれない。 徐々に徐々に、地上の景色が視界の下へと降りていく。ゴンドラがほとんど垂直に上昇し始めた。時計で言うなら9時の部分。 遠くに見える建物が小さくなる代わりに、きらめく海の景色と、反対側には山の景色……そして大空が広がっていく。 たんたった、たんたった…………オルゴールの心地よい三拍子のリズムに揺られながら、私は12時部分へと登っていく。もうかなり高いところまで来た。 きらめく海の波間に目を移していると、突然目の前に赤い風船が浮かび上がってきた。思わず驚く。 下で待っている子供が手放してしまった風船なのだろうか。私よりも少し速いスピードで、それはふわふわと青い空に飛んでいった。 3: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/01/20(金) 00:26:49.79 ID:b4qt7MSMo そろそろ12時。ここがこの観覧車のてっぺん。といっても、完全なてっぺんがどこなのかはわからないけれど。 差し込む日差しがゴンドラのガラスを通って、私を光で包む。まるで天国へのリフトのようだ。一番明るくて、一番あたたかくて、一番きもちのいい場所。 しかし、その高揚感もつかの間……そろそろ景色が降下しはじめる。豆粒みたいになっていた建物が、徐々に徐々に大きくなっていく。水平線の見える景色が狭まっていく。 登るときにはひょっとして手が届くんじゃないかとさえ思っていたのに、真っ白な雲は無情にも遠ざかっていく。 観覧車というものは、綺麗な一周を楽しむようでいてそうではない。6時から始まって12時を……ほとんど半分をすぎたら、もはや “終わり” に突入しているもの。 てっぺんで見た広大で綺麗な景色を惜しみながら、1時から6時までをゆっくり降下する。のぼるときにはあんなに待ち遠しく長く感じた時間なのに……それと同じ時間を使って降りているとは思えない。 観覧車の一周とは、本当に時計のように等速で進んでいるのだろうか。 まだまだ終わってほしくないのに、いつの間にか景色は地上になっていて、交代の乗り場が見えてくる。 憧れの乗り物がもう終わってしまう……まだ私は満足していないのに。 まだまだ乗っていたいのに。 叶うことなら……もう一周。 けれどこの夢は……いつも、ここで覚めるのだった。 続きを読む