転載元:http://hayabusa3.2ch.sc/test/read.cgi/news/1484620875/ 1: ジャンピングDDT(catv?)@\(^o^)/ [ニダ]:2017/01/17(火) 11:41:15.54 ID:VoAcO1cN0.net最近になって日本の学界では「軍事研究」議論が起きていて、妙な気配が感じられる。科学者代表機関の日本学術会議はその間「軍事目的の科学研究はしない」という決意を表明してきたし、これが大学や研究機関の運営方針のようになっていた。しかし2015年に日本防衛省が「安全保障技術研究推進制度」を創設し、学界の流れも変わっている。大西隆・日本学術会議会長は「戦争を避ける軍事研究」という名分で雰囲気の形成に乗り出した(朝日新聞1月12日付)。国家機密と直結する軍事技術研究は着手すると手を引きにくいという属性がある。日本が軍事強国に進む雰囲気が漂う。自国の軍事力が強まれば韓半島(朝鮮半島)に対する日本の発言力も強まるだろう。 詩人・尹東柱の「序詩」に「そして自分に与えられた道を歩んでいかなければいけない」という一節がある。この一節をよく守っているのが日本人だ。日本人には「全体をつかむ」という発想より、与えられた仕事を熱心にすることに生活の重点が置かれる。特に全体が一緒にすることには反抗できないという側で慣れている。日本人の心理描写として「赤信号みんなで渡れば怖くないとは」という言葉が広く知られている。よく考えてみるとぞっとする言葉だ。韓国人には「自分が道を作り出す」という勇気もあるだろうが、それがむしろ不協和音を生んで国力増進には障害物になったりもする。 http://japanese.joins.com/article/753/224753.html